一番良い男かもしれねぇよ?
ほんの一瞬、呆然としてしまった。
左手を振り下ろした体制のまま、左手が無い事を理解するのに一瞬の時間を要した。
何故だ?
女共の仕業では無い。
じゃあ誰だ。
そもそもなんで左手が無い?
何故だ?
確か、振り下ろす直前はまだあった。
振り下ろした後にはもう無かった。
何かが飛んできた?
左を見る。
男と目があった。
金髪碧眼の優男。
テメェか?
テメェが俺の左手を持っていったのか?
優男がニヤリと笑った。
あぁ、そうか。
テメェがやったんだな。
その綺麗な顔、潰してやる。
でも、とりあえず今は落ち着け、俺。
今なすべき事は何だ?
キレる前に行動しろ。
目線を上げて飛んだ左手を見る。
「死ね」
男が声を上げた。
何だ?
何が来る?
男の指先から、何かが来る。
嫌な予感。
物凄く首筋がチリチリする。
咄嗟に地面を蹴って飛び上がり左手を掴む。
一瞬後に、極細の何かが通り過ぎた。
左手をくっつける。
白い光と共に左手が修復していく。
が、断面が綺麗に切れていないせいか再生が遅い。
「化け物が!」
男の吐き捨てる様な声、また男の指が此方を捉える。
横っ飛びしてまた何かを避ける。
水?ウォーターカッターみたいなやつか?
まぁカラクリはわかった。
俺の腕を切るなんてなかなかやるじゃあないか。
でもまぁ、……それだけだ。
地面を蹴る。
ほとんど真横に飛ぶ様に、初めの一歩で一気に距離を縮める。
左足で着地、左足が地面にめり込む。
男の顔が僅かに引き攣る。
テメェは後だよ。まずは護衛共からだ。
標的は五人。
初めに右の拳、一人目。
勢いを殺さない様にしゃがみ込み水面蹴り、一度に二人を転かす。
直ぐに立ち上がり一人顎を踏み砕く。二人目。
左から気配、左の裏拳で剣の軌道をずらす。
そいつに向かって右の前蹴り、三人目。
蹴り上げた足をそのまま下へ降り下ろす。四人目。
最後の一人、突き出された槍を素手で掴む。
最後の護衛と目が合った。
表情は引きつっていたが、気丈にも逃げ出したり悲鳴をあげる事は無かった。
そのまま左の上段蹴り、五人目。
首筋がチリチリする。
優男の方へ振り向くと、指を俺に向けていた。
水の刃が襲いかかるのに合わせて、ダッキングする様に躱しながら一歩踏み込む。
僅かに額に掠る。
目の前には無防備な腹。
王手、だ。
勢いを殺さない様に、しっかりと右手に力を伝達させる。
滑車の動き。
だが拳は握らない。
戦鎚の様な一撃ではない。
槍やレイピアの様に、貫通力重視で。
最後の仕上げに、念入りに指に身体硬化をかける。
一瞬の筈なのに、全てがゆっくりと動いている様な錯覚。
右の中指が男の鎧に当たる。
パキリという音と共に指が鎧を砕き、貫通する。
遂に指が男の体に触れる。
次の瞬間、右の貫手が男の体を貫いた。
「……お前を雑魚って言ったのは訂正してやる。お疲れさん、だ」
男の口から血反吐が溢れる。
自分でやっといて何だが、こりゃあ助からんだろうな。
男の瞼が重く閉じようとしている。
そして次の瞬間、男の目がカッ、と見開いた。
「……全軍に告ぐ!メルとサラを死なせるな!二人を確保して退却せよ!」
死にかけの男にしては、随分と大きな声が辺りに響いた。
遠巻きに見ていた敵軍の兵士達が、一瞬の沈黙の後、堰を切ったように叫び出し行動を起こした。
対して自軍の兵士達は、好機と見たのか砦の門を開け総員突撃を行なおうとしていた。
そういえば、……こいつら全員まだ青く光ってやがる。
そしてメルとサラと呼ばれた獣人の女達は、気絶はしているが白く輝いている。
「……あんた、結構気合い入ってんじゃないの」
男がニヤリと、男臭い笑みを浮かべた。
「……女を前に出して戦わせておいて何だが、……女を守れない奴は男じゃねぇよ」
吐き出された血反吐が俺の体にかかる。
「……へぇ、あんた……思ったよりも良い男だな。……俺が今まで戦ってきた奴の中で、一番良い男かもしれねぇよ?」
一気に腕を引き抜くと、ぽっかりと空いた穴からドバドバと血が噴出する。
が、まだ男は倒れない。
「……けっ、……ほざけ」
最後が近いのか、男の顔がどんどん白くなっていく。
「……あんたに免じて、今回はあの女どもは生かしておいてやるよ」
思わずそう言うと、男はホッとした表情を浮かべた。
「……そうかい……そいつは……恩に……着る……ぜ」
男の体が、ゆっくりと前に倒れて行く。
思わず男を貫いた右手で支えてしまった。
「……あんた、名前は?」
「……ルー……ファ…………ス…………だ………………」
男の体から、完全に力が抜ける。
命の灯火が消えた瞬間だった。




