9
ゆっくりと、ゴブリン共が追いつけないギリギリの速度で退却する。
数十匹のゴブリン共は仲間を殺された怒りから、醜悪な三白眼を赤く染めて追いかけてきていた。
たまに地面に落ちていた手のひら大の石を投げつけて、ゴブリン共の怒りをさらに助長させる。
そしてまた追いつけないギリギリ速度で退却。
単純作業を洞窟の外に出るまで只管繰り返した。
洞窟の外に出てすぐに、おっさんを探すと相変わらず、同じ場所で呑気に煙草を燻らせていた。
「おっさんまかせた!」
「リョーカイ」
少しだるそうに返事をしたおっさんは、咥え煙草のままおもむろに立ち上がると、右手を空に向けて掲げ、続々と洞窟の入り口からゴブリン共が出てきているのを眺めると、大きく紫煙を吸い込んだ。
「巻き込まれるんじゃねーぞ」
紫煙を吐き出しそう呟くと、突如として空に巨大な火球が出現した。
「まじかよ……」
火球のデカさに驚き、俺もゴブリン共も逃げることを忘れて、阿呆面で見上げていた。
その場に居た生物全てが固まって身動きできないでいると、おっさんは唐突に右腕を振り下ろした。
(チョッ……アノマダオレ逃ゲレテナインデスケド?!)
火球に背を向ける。
右足を踏み出す。
後方で爆発音。
音がデカすぎて周りの音が消える。
左足を踏み出す。
と、同時に背後から爆風と熱風。
全力で身体硬化と自動回復をかける。
全身がバラバラになりそうな衝撃と肺が焼かれそうな熱風が襲ってきた。
(あぁ……俺死ぬかも……)
まさか人生で最も濃密な死の気配を、仲間から貰うとは思ってもみなかった。
地面にバウンドしながら、少しでも衝撃を無くそうと受け身をとろうともがいてみた。
その甲斐あってか無事に、とはいかなかったが生き残ることは出来た。
が、身体中がギシギシと悲鳴を上げている。
(さっすがBランク……強ぇし容赦ねぇ……)
妙に感心してしまった。
おっさんの猛威がひとまず落ち着いた頃、頭の上から足音がした。
「おーぅ、大丈夫かよ」
おっさんが咥え煙草のまま、飄々とした顔で訪ねてきた。
「……流石にひどくないですか?」
「……お前なら死なないと信じていた」
「……何で目を合わせてくれないんすか?」
「気にするな。女どもは?」
都合が悪いのか、突如として話題を変更してきた。
自動回復で体がもとどおりになったのでゆっくりと立ち上がる。
「残念ながら全滅でした」
「だろうな。殺ったか?」
「えぇ」
淡々と、事実確認を行う。
「……女に優しくない奴はキライだ」
唐突におっさんがそんな事を呟いた。
「二股かけてた奴が何言ってんすか?」
「女好きだからこそ、全ての女には笑顔で幸せになってもらいたいんだよ」
はぁ……
溜息をついて洞窟の方に目線をやる。
驚いたのは先ほどの爆発で随分と飛ばされたこと。
そして先ほどの爆発で巨大なクレーターができていたこと。
洞窟の入り口も一部崩れており、岩場やあたりに生えていた木々が根こそぎ消し飛んでいた。
「……こりゃあ又、随分と派手にやりましたね」
「これしかできねぇし、手加減も苦手だからなぁ……」
ひょっとしたら鬼人も消し飛んだんではなかろうか。
そんな事を考えていると、突如として、どうん、という音と共に崩れていた洞窟の入り口が爆発した。
何事かとおっさんと共に、洞窟の入り口に目線をやると、ガラガラと小さめの岩が崩れ落ちていく音が聞こえ、土煙の中から、人間の背丈を優に超える、額に角がついた、筋骨隆々とした大柄な人影が姿を現した。
「あー……これやべぇかも。黒鬼人じゃねえか」
「……とにかく頑丈、魔法もほとんど効かない、どちらかというと物理攻撃の方が効くので、推奨討伐方法はAランク複数人で筋力増強してごり押しして下さいっていうアレですか?」
「そう、それ」
「じゃあ、今度は俺の出番って事ですね」
「……一人でイケるのか?」
「脳筋舐めたらいかんですよ?これくらいラクショーです」
と、平気な顔して嘘をついてみる。
「……そーかい、なら任せた」
そう言って、煙草をふかしながら後ろへ下がってくれた。
多分ばれているが、おっさんはこの嘘に乗っかってくれた。
正直な所、初対戦の相手でかつ鬼人の中で一番厄介な黒鬼人、どちらが勝つかわからない。
が、自信がないわけでもない。
それに先輩に任せたって言われたんなら、信頼に応えないと、情けなさ過ぎて笑い者にすらなれない。
「……黒鬼人対青鬼、どんな戦いになるか見ものだな」
おっさんはそんな事を言いながらニヤニヤしていた。
「任せてください。楽しませてみせますよ」
黒鬼人に向かって歩くと、黒鬼人はこちらを視認し、憤怒の形相を浮かべた。
再度、筋力増強、身体硬化、自動回復を重ねがけする。
「これはこれは……随分とおかんむりで……そんなに子分をを殺されたのが頭にきましたか。でもな……」
足を肩幅に開いて腰を落とす。
「頭にきてるのは、お互い様なんだよ……」
右肘を右の太ももに乗せ、左拳を地面につける。
黒鬼人も巨大な体を少し猫背にし、腰を落としていつでも飛びかかれる体制になっていた。
「……発気揚揚」
右拳を地面につける。
「残った!」
どごん!というお互いの踏み出す音が響き、ほぼ同時に黒鬼人とぶつかり、組みついた。