惚気る奴は死ねば良いのに
ゆっくりと、夜が明けると共に目が覚めた。
いつもならばもう少し目覚めはいい筈なのだが、今日は特段目覚めが悪い。
なんだかんだで俺も疲れがたまっていたのかもしれない。
二度寝をしても良かったのかもしれないが、屋敷の中のあちこちで人が働いている気配がする。
なんと無くもう一度夢の世界に旅立つのは気後れして、仕方なしに寝台から這い出る様にして起きた。
未だはっきりしない頭で、備え付けられた鈴を鳴らす。
音を聞いた若い女の召使いが入室してきた。
「お呼びでしょう……か?」
一瞬、召使いの気がそれた。
しまった、と思った。
彼女の視線は、一瞬だけではあるが、朝の生理現象真っ最中の息子に注がれていた。
流石に若い女性の前で、何の意図もなくこんな物を晒すのは恥ずかしい。
そもそもが、ついいつもの癖で、家にいるときの様に下着一枚だけで寝ているのがいけなかった。
それとも下着を履いていただけまだ良かったと思うべきか。
まぁ、何にしろ、うら若き乙女の前でする格好ではないことは確かだ。
「……豆茶をお願い。濃い目にしてくれる?」
なんと無く気恥ずかしい中でそう言うと若い女性の召使いさんは一礼して、
「かしこまりました」
と言い、何事もなかったかの様に、ほとんど音も立てずに退出して行った。
……流石、みんな能力が高いねぇ。
朝からしみじみとそんな事を思いながら煙草を咥えて火を点けた。
朝一発目の紫煙は一日の中で最も重く、どっしりと感じる。
深く紫煙を吸い込んで、細く吐き出す。
軽い目眩と共に、紫煙は室内に、薄い雲の様に広がった。
咥え煙草で窓に向かって移動し外を眺める。
本日は晴天なり。
そんな事を思いながら窓を開け放つと、室内に充満していた煙草の匂いと煙が散っていき、代わりに冷たく乾いた空気が入り込んできた。
冷たい空気のお陰で頭もある程度覚めてくる。
そして逆に息子は寒さの助けもあって、ゆっくりと元に戻っていった。
その場でぐっ、と伸びるとゴキゴキと鈍い音が響く。
そのまま軽く首を回す。
今度はポキポキと軽く、小気味いい音が響いた。
暫くすると、先程の女の召使いが豆茶を持ってきた。
一言礼を言い、口をつける。
美味い。
ただその一言だけが浮かんだ。
そして二本目の煙草に火を点け、紫煙と共に溜息を吐き出す。
あぁ、憂鬱だ。何で俺が王城なんて所に行かなきゃならねぇんだよ面倒クセェなぁ。
そう思ってヤケクソ混じりに豆茶をぐっと飲み込む。
熱くて、ほんの少し口の中を火傷した。
太陽が最も高い位置に差し掛かった時、閣下に連れられて王城へ入城した。
礼服を着て来たが、無駄に肩がこる。
こういうフォーマルな服は何故やたらと息がつまるのだろうか。
とっと用事を済ませて首元の緩い服を着たいものだと思う。
それにしても、やはり王城はどこの国も同じだと思った。
綺麗で、厳つくて、紛らわしくて、無駄に金がかかってそうな建物だ。
こんな面倒臭そうな建物の主人は一体どんなやつだろうかと思う。
ふとクマナヴァ王国の、シブいイケメンヤンデレ国王を思い出した。
随分と面倒臭さそうな人だと思った。
きっとこの国の王様も面倒臭さい人なのだろう。
そんな事を考えていたが、今日のところは杞憂になりそうだった。
閣下が謁見を願うが今日は無理とすかされて、止む終えず明日に謁見する事になった。
そして静かに閣下の機嫌が急降下した。
幸い閣下の心の中の色が現在真っ黒だという事に気付けたので、このまま閣下と一緒にいても怒られるだけだと閣下から離れ、城内の散策に繰り出した。
騎士団の訓練風景を遠目から見たり、いい匂いに連れられて調理場の前を通ったり、色々探検していると中庭的な所に出た。
そしてこの中庭のど真ん中には、やたらとデカイ木が生えていた。
広々とした中庭に生えている、たった一本の大きな木。
縦にも横にもデカくて広い木は何故か知らないが、壮大な雰囲気を醸し出している。
そして枝と葉の隙間からは木漏れ日が漏れていた。
ここで煙草吸ったら美味そうだな。
そう思い、そこに生えている大樹に乗って煙草を吸おうと思ったが、人影があった。
どうやら先客が居る様だ。
「……お邪魔するよ」
大樹に登るのを諦めて、だが念の為一言断りを入れて煙草に火を点けた。
男は特に気にするでもなく、太い枝に座って幹に背を預けている。
先客は若く、そして草臥れた男だった。
身形も綺麗で顔も綺麗。
しかし、その顔には覇気がない。
まるで生気を吸い取られた絞りかすの様な男は、此方をチラリと見やると溜息を吐いた。
その様子はこちらを馬鹿にした様な感じでは無く、精魂尽き果てて思わず出てしまったといった感じで、大丈夫かこいつ、と思ってしまい、関わるつもりはなかったのに思わず声をかけてしまった。
「兄ちゃんどうしたよ?」
「……色々あんだよ」
言葉が返ってきた。
一応喋る元気は、かろうじてある様だった。
「だからっていちいち辛気臭い顔すんなよ」
「……お前に何がわかる」
捻くれたやつ、落ち込んだやつ特有の言い分、お前に何がわかるが炸裂した。
「……さてね、何も分かんね」
紫煙と共にあくびを一つ。
肌寒いが良い天気だ。
こんな日は煙草がうまい。
短くなった煙草を指で捻り消し、また新しく一本取り出した煙草を咥えて男を見やる。
「そもそもあんたが何に悩んでいるかもしらねぇし」
煙草に火を点けてゆっくりと深く紫煙を吸い込む。
「……そりゃそうか」
フゥッ、とゆっくり吐き出せば、白い紫煙は乾いた空気中に暫く留まった後、ゆっくりと散っていった。
「んで、どうしたんだ?」
話の続きを促してやる。
美味い煙草で今は機嫌が良い。
初対面の相手でも多少は話を聞いてやろうと思った。
「解決できなくても言えば少しはスッキリするぞ?」
俺なりに優しく諭してやる。
「……誰にも言うなよ」
男が意を決した様に、幹にもたれていた背を伸ばしてこちらを見やってきた。
誰にも言えないほどの、重い話なのだろうか。
若干緊張する。
そしてそんな話を、通りすがりの俺に話しても良いのだろうか?
「リョーカイ」
意を決して話を促してやる。
男は少しの間をとってから口を開いた。
「……嫁さん達との夜が鬼気迫る感じでめっちゃ怖い」
「惚気かよ死ね」
くだらない。
全くもってくだらない。
こんな奴は死ねば良いのに。
「酷くねぇか?」
酷いわけがない。
こっちはコーネリアと暫く会えないと言うのに。
死ねば良いのに。
「だって惚気じゃんかよ」
本当にくだらない。
死ねば良いのに。
「惚気じゃない!どっちが先に後継を産むかで滅茶苦茶争ってて怖いんだからな!俺そのうち出し過ぎて死んじゃう!」
成程、本当に生気を吸い取られた絞りかすだったわけだ。
そのまま死ねば良いのに。
確かに男児が産まれなければ後継問題なんかが起きた時にはかなり面倒臭さいことになるだろう。
だが、だとしても、だ。
「まぁ、何をとは言わんが、……仕方ねぇんじゃねぇか?嫁さんを二人ももらう方が悪い」
なんだかんだて二人を娶ったのだろう。
だったら男ならば二人共満足させろ、と思った。
それができないのならば死ねば良いのに。
「仕方ねぇだろ。皆んなして俺に何人も嫁がせようとしてくるんだから。これでも頑張って二人に抑えてるんだぞ!」
全く羨ましいし死ねば良いのに。
「そーかいそして奥さんを二人にしたせいで死にかかっていると」
そのまま死ねば良いのに。
そりゃあ二人も満足させなきゃいかんのはさぞかし大変だろう。
「そのまま死ねクソ羨ましい」
「お前は私に厳しすぎる!もういい!」
男は飛び降りて走り去っていった。
……さて、勢い余ってタメ口で失礼な事を言ったけど、……あいつの頭、王冠みたいなものが乗っかっていた様な?
……気の所為か。
………………………気の所為だと良いなぁ。




