閣下は激怒した。
「……貴様は私を殺す気か?」
閣下は激怒した、なんちゃって。
「いいえ滅相もございません」
青筋を立てた閣下が、王都のやたらと立派な門の前で仁王立ちしている。
さて、どうやってこの人の怒りを収めるべきか……。
「嘘をつけ」
「嘘じゃ無いですって」
「嘘でなければ余計にタチが悪いわ。貴様ら兄弟は私をなんだと思っている?」
……兄貴は普段一体何をやってんだか。
当然だが王都に着いてすぐに怒られてしまった。
散々吐き散らかした閣下に治療魔法をかけ終わった途端にこれだ。
結局、閣下を担いでの青鬼宅急便は、あれから翌日の朝まで続いた。
おかげさまで閣下は少し痩せたんじゃないだろうか?
むしろ褒められてもいいのではとさえ思ってしまう。
早く着いて、ダイエットも出来た。
一石二鳥とはこの事だ。
「今回の事はレイドにも話させて貰う。少しはレイドの嫁から絞られてこい」
「ちょっと閣下?」
それは流石に聞き捨てならない。
いちいち面倒事を背負いこみたくは無いものだ。
「貴様は今巫山戯た事を考えていただろう」
顔に出ていただろうか。
密かにポーカーフェイスには自信があったのだが。
化かし合いじゃあ百戦錬磨のウォルグリーン侯爵には流石に負けるか。
この人は心の中を覗く事ができるのかもしれない。
俺がちょっと調子に乗った途端にこれである。
そしてほんの少し巫山戯た罪に対して、罰の重みがありすぎる気がする。
「お前が完全なる善意でやったのならば慌てる必要は無いだろう?」
青筋を立てたまま、閣下はイヤラシイ笑みを浮かべた。
きっと小さい子供が見たらトラウマになり、閣下が夢に出てきてうなされるであろう。
閣下の顔にはそれくらいの迫力があった。
「いやまぁ、それはそうなんですがね?」
後頭部をボリボリと掻きながら言い訳を考えるが、こんな時に限って全く良い言い訳が思いつかない。
おっさん相手ならばいくらでも詭弁が出てくるのに。
「なんだ?歯切れが悪いではないか。何か含む所でもあるのか?」
「イイエイッサイアリマセン」
かるく両手を上げて降伏の意を示す。
上手い言い訳など思い浮かばず、適当にごまかすしか無かった。
やっぱりこの人には口で勝てる気がしない。
この人にも、だろうか。
咄嗟に、少なくとも口喧嘩で勝てなさそうな人物が二人も頭に思い浮かんだ。
意地悪大好きドS兄貴に小言の押し売り大好きお節介焼きな義姉の顔が、だ。
顔が思い浮かんだだけで何故か胃がキリキリした。
思い出しストレスだなんて非生産的ではあるが、思い浮かんでしまったのは仕方がない。
頭の中を無理矢理コーネリアの裸を思い浮かべて、悪しき妄想を塗りつぶした。
「ならば問題ないだろう。今回のお前の善業はしっかりと査定させて貰うぞ」
査定って何⁈
突然の言葉にイイ感じに思い浮かんでいた裸のコーネリアがあっという間に吹き飛んだ。
思わず立ち止まって頭を抱えてしまう。
……なーんか嫌な感じがする。
「……何を立ち止まっている?とっとと行くぞ」
そう言って閣下はスタスタと先を急いだ。
ほんの少し、口元にはイタズラが成功した子供の様な笑みが浮かんでいた。
少しは閣下の気も晴れたのかもしれない。
それにしても査定とは一体なんだろう。
査定が何かは知らないが、きっと知らない方が身の為なのかもしれない。
というか知りたくもない。
少なくとも、ロクデモナイ事なのは確かだから。
色々とネガティヴな考えが頭の中を駆け巡るが、心の中で「今の無し!」と叫んで思考をリセットする。
嫌なことばかり考えていたらロクな事が起こらないと何かで聞いた。
どうせなら面白おかしく生きたいもんだ。
そう思って裸のコーネリアを頭の中に呼び戻して、話題を変える為に適当な話を振った。
「……因みにこれは何方に向かっているんで?」
閣下は振り向いて、「何を言っているんだ」と言った。
「私の別邸だ。この格好で王城に行くわけにもいかんだろうが」
少しは考えろよと、閣下の目が物語っている。
再度両手を上げて降伏の意を示したところで、ふと俺はどうすれば良いのだろうと思った。
「ごもっともで。……俺はどうすれば?」
「別邸に着いたら金をやるから適当に買ってこい」
非常に面倒臭さそうに、言葉を投げつけられてしまった。
どうやらまだまだ不機嫌は継続中だったらしい。
それとも俺がまた、神経を逆なでしてしまったのだろうか。
「……この格好でですか?」
それでも俺は黙る事は無く、更に言葉を続けた。
どうだ、鬱陶しいだろう。
「ならば誰かに買いに行かせればいいだろうが。ほらとっとと行くぞ」
閣下は少し苛立った様に言い、ザクザクと先に進む。
少し遊びすぎたか。
閣下の見えない所で肩を竦めた。
暫くは大人しくしておく方が無難そうであった。
こんな、なんとも言えない雰囲気で、俺の初王都が始まった。




