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空がゆっくりと色づいてくる早朝、朝になると嗅ぎたくなるあの香ばしい匂いに誘われて、浅い眠りから覚醒した。
殆ど本能的に香りの原因物質を求めて、辺りを見回し、目的の物を認めた。
目線の先では、ニックことおっさんが、優雅な朝食と勤しんでいる最中だった。
「おっさん朝から良いもの飲んでるじゃあないですか」
「何だ、お前さんも飲むか?」
「頂きます。野営で豆茶とは贅沢ですね」
豆茶とは、つまり珈琲であった。
前世では完全なるアル中かつニコチン中毒でカフェイン中毒の俺である。
ガキの頃、異世界に珈琲もどきがあることを知った時は生きてて良かったと心から思った程だ。
感動具合では煙草を発見した次ぐらい。
ちなみに人生三番目の感動は兄貴の結婚。
煙草と珈琲よりも下という事実は墓場まで持っていく秘密となった。
「朝はこれと煙草が無いと落ち着かなくってなー。可能な限りどんな場所でも持ち歩くようにしてるのさ。ほれ」
「どうもです」
熱い珈琲と、ついでに青い炎をもらい、野営とは思えない贅沢を頼むことができた。
「…この豆茶の粉、どこで手に入れました?滅茶苦茶美味いんですけど?」
「その辺の露店で買った安物だ。どんなもんでも大自然の中で味わえば、一流品になるもんさ」
「なるほどー」
良いこと聞いた。
たまには珈琲と煙草を持って遠足に行くのも悪くないのかもしれない。
「さて、ゴブリンの巣についたわけですが、…どうします?」
「んー、中に人がいないんだったら炎で殺して終了なんだが、今回はさらわれてる可能性もあるしな。正気かどうかは別として」
ゴブリンは女をさらう。
理由は当然、子孫繁栄の為。
大抵の女はゴブリンの交尾を経験すると正気を失う。
実際、過去に同じように女がさらわれた際には、ほとんどの女が正気を失い、かつ死を望んだ。
そしてゴブリンの子供は、母親の腹を食い破って生まれてくる。
その為、女がたとえ正気を失わなくても、種付けされた女はその場で殺すのが暗黙のルールだった。
「万が一、無事な女がいるかもしれないからなぁ。ちょいとしんどいが外におびき出して殲滅、って感じだろうな」
「了解です。じゃあ俺は洞窟の中に潜入して2.3匹殺してきます。ですんで締めの殲滅はよろしくお願いします」
「リョーカイ。とっととおびき出してこい」
そう言うと、おっさんは手頃な岩にどっかりと座り、おもむろに煙草を取り出し、火をつけ、「とっとと行ってこい」と取れるように、ヒラヒラと右手を動かしてみせた。
少し手狭な洞窟を、足音を立てないように進みながら、洞窟の奥に目をやる。
洞窟に入って然程時間は経っていないが、未だにゴブリンにも、鬼人にも出会うことはなかった。
狩りのために外に出ているのだろうか、そんな事を考え出した頃に、悲鳴と、ゴブリンの鳴き声が微かに耳に入った。
出来るだけ足音を立てぬように駆けつけると、どうやら交尾の真っ最中だったようで、十数人の女がゴブリンに組み敷かれていた。
独特の匂いと雰囲気、そして心が壊れた女の表情が目に入った瞬間、少しばかり理性が飛んでしまった。
無意識のうちに筋力増強と身体硬化、自動回復を身体にかけ、獲物との距離を一瞬で詰めた。
時間をかける必要は無い。
一匹一匹、一撃で頭を潰していく。
おそらく時間にして2.3秒しか経っていなかったろう。
胸糞悪いゴブリン共は、一瞬で肉塊となっていた。
女達へと目をやる。
やはり全員、被害にあい、かつ心が壊れているようだった。
こちらと目が合うと、泣き出す者、引きつったように笑い出す者、只管殺してくれと震えながら懇願する者等、様々な反応が返ってきた。
「………………すまん」
別に俺が悪いわけでは無いのだが、自然とそんな台詞がもれていた。
苦しまずに逝けるように、女の頭を潰して回った。
こちらの騒ぎに気付いたのか洞窟の奥から大量のゴブリンの声と足音が聞こえてきた。
「お前らの無念が晴れるかはわからんが、あいつらは全て殺してやるから。…だから迷わずあっちに逝ってくれると嬉しい」
ムカムカする頭と胸を抑え込むように、煙草を咥え、着火石で火をつけ大きく吸い込んだ。
……………………絶対に皆殺しにしてやる。