最終日 昼 其の二
最終日、昼 、其の二
「おっさんどっちすか⁈」
「多分こっちだ!」
「了解です!」
「いかん!違った!」
「つかえねぇぇぇ!」
「うるさいわ!」
「何で覚えていないんすか⁈」
「テメェだったら三十年前の事を鮮明に覚えてんのかよ⁈」
「三十年生きていないんでわかりませーん!」
「ガァァァ!ムカつく!クソが!死ね!」
「貴様ら止まれぇ!」
「誰が止まるかボケェ!」
「フベラッ⁈」
「容赦ねぇな⁈」
「何がですか⁈」
「お前の攻撃がだよ!」
三十年前の怪しい記憶を頼りに城内を捜索するが、ギュンターの野郎の執務室は未だ見つかっていない。
途中で何度も兵士達とかち合うが、一兵卒共は俺でも十分だったし、強そうな奴は全部ロイドが一発でのしていた。
さっきのされていた奴の服装と装備を見るに、確か近衛隊の隊長ではなかったろうか。
改めて此奴の出鱈目さを痛感した。
これで何度目だろうか、デカイ扉を蹴り開ける。
そこにいた人物は鼻水垂らして泣いていた。
「……は?」
突然の事に思考が停止する。
長い髪は相変わらず。
色が少し銀から白に変わったか?
相変わらずの長身で、人形の様な顔も殆ど変わっていない。
もう六十過ぎとは思えない程に若々しい。
しかし、よくよく目を凝らして見ると、うっすらとだが口元と眉間に皺が見て取れる。
三十年間、色々苦労もしてきたのだろう。
俺の中の記憶よりも、ほんの少しだけ見た目の年を重ねていた。
そしてその男が、今現在泣いている。
鼻水垂らして。
……あぁ、そういえば、……最後に見た此奴の顔も……泣き顔だったなぁ。
しみじみと、ついこの前もうなされた悪夢を思い出した。
「……おう、……久しぶりだなぁ。……なぁに泣いてんだよお前は」
そう声をかけると、ギュンターは酷い泣き顔のまま片膝をつき首部を垂れた。
「……お久しぶりです。アーブラハム殿下」
「おぉ……よく俺だってわかったなぁ」
「……貴方様のお姿、先代様によく似ておいでです」
「そうか。俺はもう父様の顔なんて忘れちまったよ」
思わず深い溜息が漏れてしまった。
色々と予想外だ。
ギュンターの見た目があんまり変わっていない事。
ギュンターが鼻水垂らして待ち構えていた事。
ギュンターが一発で俺の事がわかった事。
嬉しく思う反面、此奴はどういうつもりだ、と疑念が頭をよぎる。
「それでだ。……ギュンターよ。お前一体どうしたんだ?」
「……どう、と言いますと?」
「まず何でお前泣いてんだ?」
「……お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ございません」
そう言うと、ギュンターは懐から絹の手拭いを取り出して、ざっと顔を拭いてしまった。
「やっとアーブラハム殿下とお会いする事が出来ると思うといてもたってもいられず」
此奴は何を言っているのだろうか。
あえて空気となって様子を伺っていたロイドと目があった。
ロイドも困惑している様で、溜息を一つ吐いて肩を竦めやがった。
「……何で俺が来るってわかったんだ?」
そう聞くと、ギュンターぱ思わずキョトンとした表情を浮かべた。
俺は何か意表をつく事を言ったのだろうか。
「アーブラハム殿下がこの国の危機に駆けつけない訳ありませんから」
「いや待て色々とおかしいから」
理屈がまるで無い。
何故そこが確定事項になっている?
ロイドへ目配せすると、ロイドは声は発さず、口の動きだけで一つの単語を伝えてきた。
ただ一言、盲信、と。
「いいえ、おかしい事は一つもありません。どうぞ、私を倒して王座へと戻られませ」
「……お前は何を言っているんだ?」
「三十年前にお約束したはずです。いつアーブラハム殿下が戻って来られてもいい様に準備をしておくと。アーブラハム様が王座へと戻られる台本は出来ております。安心して国王陛下へとなられませ」
俺は頭を抱えたくなった。
此奴の中で、どういう理屈かはわからないが俺がこの国に戻って来る事が確定事項になっている。
「……なぁ、ギュンターよ……、俺はこの国に戻る気は無いぞ」
ギュンターが一瞬固まってしまった。
信じられないものを見聴きしたという表情で此方を見上げている。
「……もうここは俺の住むところじゃないんだ。わかるな?」
「そんな……貴方様はこの国の英雄です。暗黒の時代を自ら手を汚す事で終わらせた稀代の英雄です。それなのに……」
「……俺は英雄なんかじゃねぇよ。自己都合を優先した、勘違いしたクソ餓鬼だ」
「……たとえ始めが自己都合だったとしても、……貴方はこの国の英雄なんです。それは揺るぎない事実なんですよ!国民も皆、貴方様のお帰りを待っています!今この国は窮地に立たされています!この窮地をまたアーブラハム殿下が解決されれば!国民も!貴族も!誰も文句を言う者はいない!」
「だからそんな事をしてどうなる?俺はそんな事を望んじゃいないし、お前の治世でも今まで上手く納めてきてたじゃねぇか。大体、なんでこんなつまんない事をした?」
「……隣の国に、強い火魔法使いがいると聞きました。……年齢的に見ても貴方としか思えなかった。だから貴方に戻って来てほしくて……。」
意味がわからない。
そんな不確かな情報で、一国の王が国際問題を引き起こすだなんて。
「……お前はそんな理由でちょっかい出したのかよ」
大馬鹿者が。
左足を一歩踏み出し、右の拳を思いっきりギュンターの左頬に叩きつけた。
ギュンターはまるで鞠の様に二、三度跳ねて、転がって、執務机にぶつかって止まった。
……ロイドの強化が残っているのを忘れてた。
……生きてっかな?
ギュンターに近づき脈を取る。
一応生きている様だ。
「ロイドォ、回復よろしく」
「……了解です」
ロイドは何も言わずにギュンターの治癒に入った。
治療はすぐに終わった。
が、ギュンターの意識はまだ戻っていないり
はぁ、とまた溜息が一つ溢れてしまった。
……流石におかしい。
こんなにも見境のない奴じゃなかった。
自分にとって都合のいい現実しか受け入れていない。
何をどう考えたら、自分の首を差し出して俺を王座に据えようなんて考えが浮かぶのか。
首筋がチリチリする。
嫌な予感。
「伏せて!」
ロイドの怒号が響く。
半ば倒れこむ様に床へ這いつくばる。
次の瞬間、バスンという音と共に、執務机等の調度品が全て横に真っ二つに切り裂かれた。




