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「ぼちぼち暗くなってきたな。今日はこの辺りで野営するぞー」
と、おっさんが声をかけてきた。
山の麓、少しばかり深い森の中で一晩を過ごすことにした。
お互いに無言のまま荷物を降ろし、お互いに野営の準備をする前に、お互い同時に煙草を咥えていた。
そしてこちらが火を出す前に、おっさんが指から青い炎を出し、煙草に火をつけていった。
長年連れ添った夫婦の様に、こんな所は何も言わずとも行動が合致する。
何となく面白くも気持ち悪いと思ってしまい、ふすっと声にならない笑いが出てしまった。
どっかりと巨木の根元に座り込んで紫煙を吸い込むと、数時間ぶりの煙草のせいか頭がクラクラし、頭が溶けていくような感覚が襲ってきた。
深く吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出すと、二種類の煙草の匂いと、森と獣の匂いが混じり合い独特な香りが辺りを包んだ。
「そういえばおっさん、以外と体力あるんすねー」
なんとなしにそう聞いてみる。
細い身体とは裏腹に、街を出てから此処まで一度も休まずに歩いてきたのに、思ったほど疲れた様子がなかった。
「一応一人でこの仕事やってるもんでな、途中で疲れてくたばらないように、普段から軽く走る程度の運動はしているさ。じゃなきゃ俺みたいな奴はとっくにくたばっちまってる」
俺みたいな奴、というのは恐らく「ソロの魔法使い」という事だろう。
伊達にベテランでBランク冒険者を続けてない、といったところか。
「そーゆーお前さんも半分は魔法使いってきいてるぜー。よく拳闘と両立できるよな。どんな訓練してんだ?」
「特別なことは何もしていませんよ。魔法を使いながら拳闘の訓練をしてるだけっす」
…何故かおっさんが唖然とした顔を向けてきた。
いや、何となく言いたいこともわかるんだが…。
「…何でお前さんは身体動かしながら魔法を使って集中力が切れないんだ?」
「んー、慣れですかね。ガキの頃からやってれば、流石に慣れますよ」
「………………そんなもんか?」
「そんなもんです」
この世界では前衛と後衛は完全に分担されている。
訓練の効率もあるが、最大の理由は魔法を使う際にかなりの集中力が必要だからだ。
一瞬、とまではいかなくても、ほんの少し気が散っただけで効果がなくなってしまう。
それがこの世界の魔法だった。
その中で俺の戦闘スタイルは異質だ。
身体強化や自動回復はその魔法に集中している時だけ効果を発揮する。
だから通常はパーティーを組み、前衛と後衛に分かれて戦闘を行う。
前衛は敵と肉薄して、時にはダメージを食らいながら、敵を攻撃する。
この中でさらに自身で魔法を使う、を加えることは非常に難しく、非現実的な戦闘スタイルであった。
だからこそ通常の冒険者は自身の才能のある分野を伸ばし、鍛え、弱点を補う為にパーティーを組む。
少なくとも俺の様に何でも一人でやってしまう、という考えは常識人は絶対にしない。
「あー、つまりそんなおっそろしい事考えるお師匠さんにガキの頃から鍛えられていたと」
「えー、お師匠さんというか両親ですね。父親が拳闘士で母親が魔法使いでしたから。兄貴がこーゆー事に全く興味を示さなかったもんで、全部俺にお鉢が回ってきた感じです」
「おっかないこと考えるご両親だなぁ。一歩間違えたら即死じゃねえか」
「まぁ、そうならないようにみっちり仕込まれましたよ。おかげで今は立派にBランクの冒険者やってます」
「違ぇねえな。教育方針は間違ってなかったわけだ」
おっさんは何が面白いのかわからないがカラカラと笑っていた。
「さてぼちぼち野営の準備するぞー。明日の昼には目的の洞窟に到着するはずだ。休める時に休んでおこーぜー」
やたらと静かな森の中に、おっさんの軽い声が響いた。