四日目 夜
四日目、夜
夕食後、部屋で煙草を燻らせていると、無愛想な女中から付いてくる様に言われた。
マイセン辺境伯から呼び出しがあったらしい。
何故か俺だけ。
「ロイドの奴は呼ばれてないのか?」
「呼ぶようには言われておりません」
「何で?」
「考えるのは貴方の仕事で、あの方は肉体労働担当ではないのですか?」
「……あながち間違っちゃいねぇが」
ロイドの扱いも酷かった。
何となく、ホッとした。
辺境伯とは昼は来客があった様で面会出来ず、報告する事が出来なかった。
夜の会食にも辺境伯は登場しなかった。
辺境伯ともなれば随分と忙しいらしい。
……勤勉は美徳……か。
何となく、少し前にロイドから言われた言葉を思い出した。
やっぱり俺は無責任なダメ人間らしい。
俺には辺境伯の様に生きる事は、絶対に真似できないと思った。
王族を辞めて冒険者になって、心から良かったと思う。
仕事に圧迫されて生きていくのは御免だ。
そんな事を考えながら屋敷の中を歩く。
廊下の窓から夜空を見上げると、淡く月が光っていた。
少し雲が薄くなってきた様だ。
欠伸を噛み殺して、辺境伯の私室の扉の前に立つ。
執務室の扉と比べて少し劣るが、それでも十分立派だと思える扉を二度叩くと、少し甲高い、そして少し掠れた声が帰ってきた。
「どうぞ、鍵は開いてますよ」
「失礼します」
そう言って扉を開けると、椅子にもたれかかる様に座ったマイセン辺境伯がいた。
随分とお疲れの様子だ。
「どうぞお座りください。酒は飲みますよね?」
座ったまま、対面にある椅子に座る様に勧めてきた。
サシ飲みをする気らしい。
「嗜む程度ですが」
大嘘である。
心の中で舌を出した。
「たまには誰かと飲みたいなと思ってですね、付き合ってもらえます?」
「喜んでお相手させて頂きます」
女だったら本当に喜ぶんだがなぁ。
初老の男と酒を飲んで、酒が美味くなるわけがない。
そんな事を思っていると、辺境伯自ら酒を注いでくれだ。
琥珀色をした酒が注がれた事で、大き目の氷が溶けて、カランと音を立てた。
「では、お疲れ様です」
そう言って、酒を軽く上に掲げる。
「ありがとうございます。お疲れ様です」
この返しでいいのかね?
そんな事を思いながら、見様見真似で酒を掲げる。
軽く匂いを嗅いでみると、強い酒精と森の香りがした。
酒を舐める様に口に含むと、舌が痺れる様な、嚥下すると喉が焼ける様な強い酒であった。
「お口に合いますか?」
辺境伯がイタズラが成功した子供の様に、ニヤニヤと笑っていた。
残念ながらこっちは酒浸りの日々を送ってるんだ。この程度じゃあびっくりしねぇよ?
「えぇ、美味しいですね。甘いツマミが合いそうです」
そう答えると辺境伯は少しびっくりした様で、片方の眉がピクリと上がった。
「ほぉ、なかなか飲みなれていらっしゃる様ですね?」
「あくまで嗜む程度ですがね」
「なるほどなるほど。ではこちらでもつまみながら報告を伺いましょう。美味しいですよ?」
お互いにニヤニヤしながら言い合い、辺境伯から勧められた、甘く味付けされた砂糖菓子を口に放り入れ、酒で口の中を湿らせる。
なかなか美味い。
普段甘い物を食べない俺からしても、この酒と甘味の組み合わせは、美味いと思える物であった。
「見に行ってみて、実際どうでしたか?」
唐突に本題に入ってきた。
良い知らせでも期待しているのか、いつのまにか前のめりになっている。
……悪りぃけど、残念な報告しかねーんだよな。
砂糖菓子を一粒口に放り込み、酒で唇を湿らす。
「……結論から言えば、わからないの一言ですね」
「……やはりそうですか」
ふーっ、と深い溜息をついて、柔らかな椅子に深く体を埋めた。
ロイドに言ったように可能性を三つ上げる。
「まぁ、金目的、他の何かを探している、戦争を仕掛ける為。この三つが有力なんですよね。普通ならば。でもやっぱりしっくりこないんです」
「それに関しては私も同意見です。どうにも中途半端と言いますか、本気度合が低いと言いますか」
奴らのチグハグな様子には、辺境伯も同意見の様だった。
「……そちらの方では他に何か変わった情報はありませんか?このままじゃ何もわからずじまいです」
そう質問すると、辺境伯は右の人差し指でこめかみを指圧する様に押した。
「……最近メルヒオルという宮廷魔術師が力をつけて来ている、らしいですよ」
辺境伯はそう言って、軽く酒を含み口中を湿らせた。
「今回のゼンジェヅ塩湖の取り囲みもこの男の発案かどうかまではわかりませんが、一枚噛んでいる様ですね」
何だよ、情報があるんじゃねぇか。
つまりは調子に乗ったどっかの馬鹿が、政に口を挟んでるだけじゃねぇのかい?
そんな事を考えていると、予想外の事を切り出してきた。
「話ではこのメルヒオルという男、出自は農家の三男。」
「……元冒険者ですかね?」
「らしいですよ」
「……どういう事ですか?」
「実際の所はよくわかっていないんです。出自が農家というのも、元冒険者というのも本人の自己申告ですから」
「裏は取れていないんですね?」
「まったく。まぁ、農家出身の冒険者なんて掃いて捨てるほど居ますからね。実際はわからないのではなく該当者が多すぎて絞れないといったところですか」
ますます混乱に陥ってしまった。
普通はそんな男が政治に口を出して来たら他の貴族は面白くないだろう。
貴族どもの面子が潰れて、旨味も減ってしまうからだ。
「出自は怪しさ満点ですね。……しかしそんな男の意見が通るとも思えません」
「えぇ、そうですね。その通りです。だからこそ余計にわからない」
沈黙が舞い降りた。
しばらくお互いに無言が続き、カランと氷の鳴る音だけが響いた。
怪しい奴はわかった。
しかし目的はわからないまま。
そもそもメルヒオルがギュンターの奴を誑かしているかどうかすらわからない。
でももし、万が一、本当にメルヒオルの言いなりになってしまっているならば、一体何故だ?
「……因みにそのメルヒオルという男、特徴はわかっているんですか?」
一度酒で唇を湿らせてから問いかけをした。
俺と同じ様に、辺境伯も一度唇を湿らせて口を開いた。
「見た目はドワーフに近い様です。しかしドワーフよりも身長が高く、ドワーフよりも横幅は狭い。ひょっとしたら人とドワーフの混血かもしれません」
異種族間の交配自体は珍しいことではない。
……ひょっとして、彼奴には巨人族の血でも流れていたりしてな。
何となく、やたらとゴツい体をした相棒の事が頭に浮かんだ。
「顔は口の周りに髭を生やした、おおよそ宮廷魔術師と思えない風貌。しかし魔法は強力な光魔法を使う様です」
「……また此奴は濃ゆい奴が出てきましたね」
濃ゆい奴はロイドだけで十分だってのに。
「そういえば彼も強力な光魔法の使い手でしたね。どっちが長けてるのでしょうか?」
「さて、私にはわかりかねますね」
知らない奴の実力を知る事なんてできるわけがない。
しかし、
「彼奴が誰かに負けるなんて想像もつきませんがね」
「……信頼されてるんですね」
……信頼なのだろうか?
何となく小っ恥ずかしくなってしまって、残った酒を一気に飲んで誤魔化した。
鼻の奥に酒精による痛みが、ジンジンと響いた。




