三日目 夜
三日目、夜
いい匂いがして目が醒めた。
花のような匂いだ。
それが何の花の匂いかはわからないが、大好きな、抱きしめたくなるような匂いだった。
ボヤけた視界の焦点が徐々に合っていく。
そして視界に映ったのは、知らない天井とかわい子ちゃん。
通りでいい匂いがする訳だ。
かわいい十代後半くらいの、給仕の格好をした女。
条件反射で手を取る。
「俺とイイコトしない?」
「アホか色ボケジジイ。」
口説くと女の後ろから、呆れた口調でロイドが突っ込みを入れて来た。
「ヒデェなお前。」
「寝起き早々女口説いてんじゃねぇっすよ。通報しますよ?」
「かわいい子口説いて何が悪い。あっ……」
そんなことを言っていたら、かわい子ちゃんがすうっと手を引き、部屋から退出してしまった。
残念。嫌われたか。
「んで、調子はどうなんすか?」
「んーぼちぼちだ。寝てたらスッキリした。久々の寝台だからな」
ふっかふかだったしな。
「そいつは結構。じゃあ辺境伯に知らせて来ますよ」
そう言ってロイドが部屋から出て行く。
そして入れ替わりに、中年の女中が入室して来た。
思わずはぁ、と溜息が溢れる。
かわい子ちゃんがよかった。
煙草を吸っていいかの確認をすると、女中はしかめっ面で構わないと言ってきた。
愛想が無い。
さっきの一件で目をつけられちまったのか。
何となく同じ部屋に居るのも気が滅入りそうだったので、豆茶を一杯頼んだ。
一礼して部屋を退出する女中は、動きは非常に洗練されてはいるが、やはり愛想のカケラも無かった。
はぁ、と溜息を吐いて煙草を咥えて、火を点けずに豆茶を待つ。
ざっと部屋の中を見渡す。
おそらく家主の趣味なのだろう、部屋の中の調度品は黒を基調とした物ばかりで、良く言えば落ち着きのある、悪く言えば辛気臭さが滲み出ていた。
ふと外を見ると雨が降っていた。
未だ青空は期待できそうもない雨足だ。
気が滅入っていたところで、ゴンゴンと強めに扉を叩いて、豆茶を持った女中が入室してきた。
「お待たせ致しました」
無表情どころか若干睨みつけるようにこちらを見てきた女中はやっぱり愛想が無いと思う。
愛想が無いを通り越して無礼ではないか。
まぁいいけど。
「どーも」
ついつい返答も雑になってしまう。
しかし豆茶は、一口口をつけると、
「美味い」
と自然と口をから感想が出てくる程には美味かった。
なかなかの逸品だ。
「これ、あんたが淹れたの?」
「はい、そうですよ」
「へぇ、うまいもんだね」
「それはどうも」
やはり笑顔は出てこないし、目つきも悪い。
この人から笑顔を引き出すのは俺には無理そうだ。
何となく居づらくなってきた。
そんな時にふと思いついてしまった。
ひょっとしたらあいつはずっと付いていてくれたのだろうか。
……おっさんの付き添いでチンピラ。
想像したら気持ち悪くなった。
それからしばらくして、ロイドが戻って来た。
「ぼちぼち食事会をするみたいっすよ?あっ、おっさんだけ豆茶とかずるいっすよ」
「そこのオネェサマに淹れてもらえ。美味いぞ」
「俺にも良いっすか?」
「かしこまりました」
そう言ってまた、音もなく退出していく。
ロイドに対しても愛想が無かった。
案外誰にでもあんな態度なのかもしれない。
「……なんか感じ悪いっすね」
「お前の人相が悪いからだろ。ビビってるんだよ」
ロイドは憮然とした顔をして煙草を咥えた。
食事会の場所に行くと、エライお貴族様にしては比較的小さめの食台の上に、なかなか美味そうな料理が所狭しと並べられていた。
そして何故か、ロイドと辺境伯の前には特に大量の料理。
俺だけ普通。
どういう事だろうか。
そんな事を考えていると、辺境伯が入室してきた。
「大丈夫でしたか?」
「疲れがたまっていたのでしょう。大丈夫です」
「……余程お疲れだったのでしょう。いっぱい食べて元気を出しましょう。あぁ、それとですね、私、作法というのが嫌いでして」
「……はい?」
「ちょっとずつ料理が出てくるの、嫌いなんです。何となく食べた気がしなくって」
それで良いのかお貴族様。
「あっ、それわかります。ガツガツ食いたいですもんね」
筋肉馬鹿は黙ってろ。
「えぇ、そう言うと思ってました。ですのであえて今回はこの様な食事型式を取らせていただきました」
「お気遣い、ありがとうございます」
変な所でこの二人は気があった様だ。
まぁ、不仲よりかは余程マシか、と思い直して席に座る。
何はともあれ食事開始だ。
そして凄い勢いでロイドと辺境伯が飯を食べていく。
筋肉馬鹿はともかく、辺境伯のあの細い体の何処に大量の料理が入って行くのだろう。
痩せの大食い。
そんな言葉が頭によぎった。
暫く全員が無言で食べ続け、俺が最初に腹一杯になって煙草に火を点けた。
二人はまだ食っている。
そりゃあこんなに食うんじゃ、ちまちま食っても食べた気はしねぇだろうな。
紫煙の動きを目で追いながらそんな事を考えていると、ある程度人心地ついたのか、辺境伯が果実酒をグイッと煽ってふぅ、と一息ついた。
「昼の話の続きですがね」
いきなり本題に突っ込んできた。
もうこの人よくわからない。
「クマナヴァ王国がゼンジェヅ塩湖を取り囲んでいます。そして領有権の主張ですね。正直何が狙いかわからないんですよ。ここ最近財政難という事も聞いていないし、今即位している国王も穏健派で、今までちょっかいを出してくる事はありませんでした。何故こんな暴挙に出たと思いますか?」
だからそれを明日調べるんだろうが、と思った。
貴族という生き物は、やり手な奴ほどせっかちな気がする。
少なくともうちの侯爵様もやたらとせっかちだしな。
「ひとまず明日は現地調査に行って来ますよ。現場を見てみないと何も言えません」
「よろしくお願いしますね。下手に戦争をして消耗したくはありません」
「了解です。何かしら手がかりを持って帰って来ますよ」
そう言って、煙草を灰皿に押し付けた。




