三日目 朝
三日目、朝
朝起きて、体を起こす。
野宿をした所為か、節々がいたい。
洞窟の入り口へ移動して、首をゴキゴキ鳴らす。
外を見ると、まだ重い雲が鎮座していた。
相変わらずの雨模様だ。
腰を回すと、ボキボキと二度鈍い音が響いた。
溜息を一つ吐いて煙草に火をつける。
朝一番の煙草は肺にどっしりと響いた。
響きすぎてむせそうになってしまった。
紫煙を広げる様に吐き出すと、洞窟の外の湿った空気と混じり合ってすぐに霧散していった。
その光景を何となしに見ていると、ゴソゴソと音がした。
ロイドが起きて来た様だ。
俺と同じ様に首、腰の骨を鳴らしながらこちらに近づいてくる。
そして第一声。
「うっわ、こりゃひでぇ」
「誰のせいだクソガキが!!」
条件反射で手に火を纏わせる。
「待って!すんませんでしたぁ!火球は待って落ち着いて!!」
謝ったので仕方無しに火球を消してやると、芝居の様に大袈裟に大きく息を吐いた。
「……ったくこんちきしょうめ」
朝から怒鳴ったせいで頭が痛い。
何か気分を変えたかった。
……豆茶でも淹れるか。
そう思って洞窟の奥へと戻ると、ロイドが後をついてきた。
「豆茶っすか?」
なんとなく嬉しそうだ。
「お預けだクソガキ」
「エェェェェェェェェェ⁈」
ざまぁみろ。
先輩を敬わないからだ。
出発して暫く、山を越えた辺りで異変が起きた。
「おっ?」
突然ロイドがそう言って、急に止まった。
止まった衝撃で、胃酸と内臓が一緒に飛び出そうとする。
ついでに「おぶっ⁈」という声も出てきた。
「……何事だよ」
気持ち悪い。
ついつい恨めしげな目で見てしまう。
しかしロイドは至って真面目な顔をして、遠くを睨みつけている。
相変わらず人相が悪い。
ロイドにならって同じ方向を見てみるが、俺はロイドみたいに目が良くないのだろう。
具体的に何が起こっているのかはわからない。
立ち止まったついでにゴソゴソと煙草を取り出して咥える。
その瞬間突然ロイドが走り出した。
そしてすぐに急停止する。
一連の動きで一段とまた、俺の不快指数が高くなってしまった。
「先の方で戦闘中みたいっす」
「……んあ?」
間抜けな返事をして先を見やると、人間ほどの大きさの四つ足の魔獣の群れが、集落を襲っている様だった。
ありゃあ影狼か?こりゃあ一刻を争うかな?
影狼は群れで人里を襲う。
群れられると厄介な魔獣だ。
数はおおよそ二十体程。
この程度ならばどうにでもなる。
ロイドの肩から落ちる様に降りるが、頭がクラクラして立ち上がれない。
「ロイドォ!今すぐ俺を回復シロォ!」
「イエッサー!」
聞いたことのない言葉が返ってきた。
大方何処ぞの国の言葉なのだろう。
相変わらず変な所で博識だ。
身体が青白く、一瞬だけ光ると身体に活力が湧いてきた。
「ウッシ!」
勢いよく立ち上がり、目を瞑って、足は肩幅に開き、両手を広げる。
想像するは火の玉。
火の玉が辺りを埋め尽くしている。
クワッと目を開いて魔力を解放すると、百数十個の拳大の火球が辺りに出現した。
ついでに咥えている煙草にも火を点ける。
雨粒が火球に落ちてジュッと音を立てた。
煙草を深く吸い込んで、勢い良く広げた両手を突き出す。
歯をくいしばると、ミシリと煙草から音が鳴った。
行け、燃やせ、打ち尽くせ。
歯の隙間から紫煙を吐き出しながら心の中で念じると、火球が目にも留まらぬ速さで影狼の群れに飛び込んで行った。
百数十の火球の群れは、影狼の群れにしっかりと命中した様だ。
獲物に夢中になっている時に横合いから攻撃した為、不意打ちの様な形になったのもいい結果をもたらした要因だろう。
「全弾命中であります」
「……うっし。多分無いとは思うが、撃ち漏らしが無いか見に行くぞ」
「さっすが太陽堕とし。お見事です」
「太陽堕としは止めろ。テメェはとっとと行って怪我人を治療してこい」
「了解であります」
突風が吹いた。
次の瞬間には、ロイドの姿は既に影狼の死体周辺にあった。
……速っやぁ。
幸いな事に死人は出ておらず、大怪我をした者もロイドの治療が間に合った。
被害は家畜が食われた程度か。
印象的だったのは、ロイドが子供の治療をする時、どの子供もロイドを見ても泣き出さなかった。
案外子供ウケが良いのかもしれない。
逆に大人たちの方がビビっていたと思う。
そりゃあ強面の大男ってだけで普通はビビるわな。
そんな事を思いながら、適当な木の根元に座って煙草を燻らす。
住人達からは随分と感謝されてしまった。
流石に一般人に影狼の群れは厳しい。
冒険者でも相性が悪ければ、たとえBランクでも死ぬ事がある。
彼等の恐怖心は相当なものだったんだろう。
住人達が何かお礼をと言ってきたので豆茶を一杯貰った。
住人達はそんなもんでいいのかとキョトンとしていたが。
彼等からしたら命の値段が豆茶一杯で済んだ事に驚いているのだろう。
更にAランク冒険者に討伐して貰ったから尚更だ。
しかしこの集落はそれ程裕福そうには見えなかった。
だから依頼外だから、という理由で金は受け取らなかった。
偽善かもしれないが、金には困っていない。
美味い豆茶が飲めれば充分だと思った。
その豆茶を啜りながら重たい空を見る。
この雲の所為で牧歌的な景色が酷く寂しいものに感じてしまう。
景色が良かったら豆茶の美味さも五割り増しだったのに。
そんな事を考えていると、治療を終えたロイドが戻ってきた。
「あっ、いーなー。おっさんだけずるいっすよ」
おそらく豆茶だろう。
だがあえてその事には触れずに無駄口を叩く。
「お疲れさん。お子様にモテモテだったじゃねーか」
「いいお父さんになれそうだと思いません?」
ロイドもまんざらでは無い様だ。
……こいつ、嫁さん出来てちょっと変わったな。
ロイドには曖昧な微笑みを返しておいた。




