二日目 朝
二日目、朝
「旦那様?起きて下さい、旦那様?」
朝、聞きなれた声で目が覚めた。
そしてそれと共に猛烈な頭痛。
ついでに目眩、吐き気、喉のひりつく様な痛み、乾燥。
……あぁ、……俺、死ぬかも。
人生の中で一番辛い寝起きかもしれない。
そもそも体はまだ、睡眠を欲している。
こんな状態じゃ何の役にも立たないのは明白だった。
「……アガサ……水」
掠れて殆ど声が出無かった。
「まったく……飲み過ぎですよ?」
そう呆れた声を出しながらも、準備しておいたであろう水を差し出してくれた。
何とか横になったまま水を飲んでみるが、胃袋が拒否反応をしているのか、すぐに全部を吐きそうになってしまう。
「まったくもう!」
あまりの醜態に見かねたのだろう、そう言って慌てて桶を差し出してきた。
遠慮無くその中に全部をぶちまけさせてもらった。
……こりゃいかん。……気持ち悪い。……死ぬ。……もう一眠りしよう。
そう思って、もう一度瞼を閉じて夢の世界へと飛んで行こうとした所で、腹に響く良い声が邪魔をしてきた。
「あらー、やっぱり二日酔いですか?」
何があらーだよ。オバハンじゃあるまいし。
そんな事を思い薄目を開けると、昨日、正確に言えば今日だろうか、一緒に飲んでいたロイドが突っ立っていた。
その立っている様子は、酒の影響など微塵も感じさせない、いつも通りの堂々としたふてぶてしい態度だった。
「ほらおっさん起きて。とっとと仕事に行きますよ?俺は早く終わらせて嫁さんとイチャつきたいんすから」
「……まて……声を……出すな気持ち……悪い」
ロイドの重低音な声が容赦無く鼓膜から入ってきて、脳みそを揺らす。
こいつが声を発しただけで、頭痛と気持ち悪さが五割り増しになった。、
「……問答無用!」
そう言って俺の頭を掴んで何かの魔法をかけてきた。
身体中が光を発し終わった後、見事なまでに吐き気が治まっていた。
「おぉ!すげぇ!痛ってぇ……」
「頭痛はまだです」
……先に言えよ。
思わず突然起き上がったせいで、頭痛でのたうちまわる羽目になってしまった。
きっと横では、アガサが呆れて溜息でも吐いているのだろう。
そしてまた、ロイドがむんずと俺の頭を掴んできた。
……どうでもいいが、此奴の手、デケェなぁ。
そんな事を思いながら頭痛を我慢していると、すうっと痛みが和らいでいった。
「どうっすか?一通り治りました?」
「おう、相変わらずお前の魔法、便利だなぁ」
「薬要らずっすからねー」
そんな軽口を叩いていると、室内に香ばしい香りが広がった。
この匂いは……。
そう思って入り口を見やると、アガサが豆茶を淹れてきてくれた。
「目覚めの豆茶です。ロイド様もどうぞ」
「流石、気がきくな」
「頂きます」
豆茶を受け取り、軽く香りを楽しんでから一口啜る。
うん、美味い。
そう思ってもう一口啜る。
「旦那様のお荷物の準備は出来ております。後は旦那様だけですよ?」
横からアガサが口を挟んできた。
準備なんてもう少しゆっくりでも良いんだがな。
有能なのも考えものだ。
「……もちっとゆっくりさせてくれい」
「駄目っすよおっさん。おっさんの所為でただでさえ遅れているんだから」
それの願いはあっさりと無下にされてしまった。
「……俺の味方は居ねーのかい」
俺ははぁ、と溜息を吐き、煙草に手を伸ばした。
外はまだ、シトシトと雨が降っている。
……やっぱり雨の日はついてねーや。
「じゃあ行ってくる。留守の間はよろしく頼む」
「行ってらっしゃいませ。お気を付けて」
そう言ってアガサが完璧な一礼をしてくれた。
それに対して軽く手を上げて、自宅を後にする。
首を左右に曲げると、コキコキとこ気味良い音が鳴った。
街中をロイドと歩きながら、今後の事を考える。
辺境伯領か……、遠いな。
「……こっから辺境伯の所までだと、おおよそ一週間くらいか?」
長い旅の過程を考えると、思わず気が滅入ってしまう。
空が晴れていれば、少しは気分も違ったのではないかと思う。
「大丈夫っすよ。俺に裏技があります」
そんな時にロイドから思わぬ言葉が発せられた。
「何だそれ?」
「裏技を使えば多分明日か明後日には着きますよ」
おぉ、そりゃあ楽だ。
そう思い、ロイドが言う裏技に期待を寄せてしまう。
「へぇ、じゃあその裏技で行くか」
「了解っす」
そう言うとロイドは青色の光を纏い始めた。
この光は、筋肉増強をした時の光だ。
成る程と思う。
要するに身体能力を高めて、一気に走破しようという事だろう。
しかし解せない事が一つ。
「……んで、俺は?」
ロイドがニンマリと笑った。
物凄く嫌な予感がする。
「よっこいしょ」
そう言ってロイドは俺を肩に担いだ。
「……何で俺が荷物みたいになってんだ?」
「では行きますよー」
ロイドから明確な答えは返ってこない。
次の瞬間、景色が流れた。
「……いやちょっと待てぇぇぇおぉどぉぉうぅぅアァァァァァアああ!!」
こうしてロイドによる、強制人外動作体験が始まった。




