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煙草と魔法と格闘技〜固茹で卵気取りの転生譚〜  作者: ラーク
三章 太陽堕としと過去のしがらみ
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初日 夜

初日、夜


こんな事、呑まないとやってられるかクソッタレ。


そう思って侯爵邸を後にして、止みそうにない大雨の中、俺の行きつけの酒屋で一杯やる事にした。

いつもの酔いどれ鬼人でも別に良かったが、雨の所為で食欲は無いし、気分的に騒がしい店に行きたくはなかった。

この店は落ち着いた雰囲気の店で、店内は少し暗く、いくつか小さめの食卓と椅子があるだけであまり大きくはない、隠れ家の様な店だった。

そして何よりも、この店の酒が美味い。

店主自ら作る酒は、客層やその時の気分によって、酒と果実の絞り汁を組み合わせて、様々な味の果実酒を提供する。

この酒が強めに味付けされた豆とうまく噛み合う。

何度でも来ようと思えるほどの店であった。

そしてこの店に初めて来たであろうロイドは、バーだのカクテルだのと良くわからない事を言っていた。


「お前こういう所に来たことあんのか?」


「いえ、ここでは初めてです」


つまりそれは来た事があるって事じゃねぇのか?


まぁいいか、と思い直して強めの酒を作ってもらう。

何の果実が入っているのかわからないが、琥珀色の甘めの酒が作られた。

一口舐める様に飲むと、喉から胃袋にかけてカッと熱くなった。

ふぅ、と熱い息を吐き出して、煙草を咥えて背もたれに体重を預けると、ミシッと少しだけ音が鳴った。

咥え煙草で燻らせて、薄暗い天井に向かって広がっていく紫煙を見ながら、どうやって説明しようかと少しだけ考え込む。

この場合は何から説明するか、だろうか。

不規則に広がっていく紫煙と同じ様に、思考はうまく纏まらず、むしろアレコレと余計な物まで思い浮かんでしまった。


あぁ、……めんどくせ。


思考が纏まらない事に対してほんの少し苛立ち、それを誤魔化すために酒を一息にキュッと飲んでしまうと、鼻からムフーと、むせ返る様な熱い息が出て来た。


「……店主、もう一杯だ。濃いぃのを頼む」


「……はいよ」


そう言って、愛想の無い初老の店主が新しい酒を作り出した。

横で呑んでいるロイドは、少し心配そうな声で台詞を吐いた。


「……おっさん大丈夫っすか?」


「……そういう気分なんだよ。ほっとけ」


「へいへい」


そういうロイドは黄色い、弱めの酒を飲んでいる様だ。

女ならともかく、縦長の硝子に入った華やかな色合いをした酒は、ロイドの見た目に全く合っていない。


「お前こそ、弱いやつ呑んでんじゃねぇよ。全く似合ってねぇぞ」


「長く楽しみたいんですよ」


そう言って軽く硝子に口をつけた。

そんなやりとりをしていると、新しい酒が俺の前に出された。

真っ赤な色をした酒は、甘めの香りがしている。

一口、舐める様に口をつけると、先程まで飲んでいた酒と比べて弱めに作ってある様だった。


……いらん気を使いやがって。……でも美味いな。


そこでふと、左手の指が少し熱いのに気がついた。

左手を見やると、人差し指と中指に挟んだ煙草が、いつの間にか根元まで灰になっていた。

慌てて灰皿に煙草を放りやると、フフッと、少し控えめな笑い声が聞こえた。

声がした方を見やると、ロイドがニタニタと笑っていやがった。


「……テメェ気がついてんなら言えよ」


「たからさっき大丈夫っすかって聞いたでしょ?」


「……ちっ」


ぐうの音も出ない。

舌打ちして新しい煙草に火をつける。


「おっさんまた煙草を変えたんすか?」


そんな質問が横から投げられた。

ロイドも自身の煙草に火をつけたところの様だ。


「俺はその日の気分で変えてんだよ」


「知ってますか?煙草をコロコロ変える人は浮気性らしいっすよ?」


初耳だ。

だが、案外当たっているのかもしれない。

未だに一人の女で長く続いた事が無かった。

しかもその全てでフラれている。

みんな、俺があっちこっちフラついてるのが気にくわないのだろう。

多分。


「俺は一人に縛られるのは嫌なんだよ」


くだらないやりとりはこの辺にして、いい加減本題に入らないと俺が潰れちまう。

そう思って辛い豆を三粒程口に放り込む。

一口酒を舐めて辛さを洗い流し、一度深く紫煙を吸い込む。

順序立てて説明するのも面倒臭いので、思いついた事からそのまま口に出した。


「……領土問題ってのはな、塩の利権問題も関わってるんだわ」


「…….塩っすか?」


ロイドはあまり興味が無さそうだ。

火をつけていない煙草を指の間でクルクル回して遊んでいた。


「あぁ。ちょうど国境にデカイ塩湖がある。昔はそれでバチバチやり合ってた」


「へぇ、塩で戦争ですか?」


ちょっと興味が湧いた様で、手遊びを辞め、顔をこっちに向けてきた。


「塩が無けりゃ人間死んじまうからな。何より高価だ。金儲けにはもってこいだろ」


「確かに」


「それでも、ここ三十年近くは揉め事は起きてなかったんだがなぁ」


「三十年になんかあったんすか?」


……知らんのかよ。


思わず絶句してしまう。

それなりの年代の奴らなら、大抵は知っているもんなのだが。


「……そのデカイ塩湖、ゼンジェヅ塩湖って言うんだがな、そこは両国の共有地にしたんだよ。一年の中で切り取る塩も量を決めてな」


「……なんでまた急に争いをやめたんすか?」


本当に知らねぇんだな。


「……知らねぇのか?クマナヴァ王国はな、三十年前に王朝が変わってんだよ」


「……俺が生まれる前っすね」


……へこむぞクソ。


苛立ちまぎれに酒を飲み干し、新しい酒を注文する。

店主が呆れた様な顔をして酒の製作に入った。


「……当時の王様はな、糞真面目で、融通がきかなくて、極端だったんだわ」


「……どういう事っすか?」


「……当時の法律ではな、窃盗は死罪、強姦は一族皆殺し、殺人はその集落全員殺された」


「……苛烈っすね」


そんな生易しいもんじゃなかったな。


思い出すだけでも気分が悪い。

ちっさいガキが、パンを盗んで処刑されたのを聞いた時は本当に吐いてしまった。

沈んだ気分を紛らわす為に、新しく煙草に火をつける。

ロイドも手遊びしていた煙草を咥えた様だった。

目の前に魔法で火を出して着火してやると、ロイドはちょこんと頭を下げた。


「……初めは普通だったんだ。だがだんだんと、犯罪が起きるに連れて罰が厳しくなっていった。罰を重くすれば、誰も犯罪を起こさなくなるだろうってな。……でも完全には無くならなかった。んで、気がついたらとんでも無い事になっていたわけだ」


「それで殺されたんすね」


「あぁ、当時の王子が宰相、騎士団と共謀して父親である王を殺してな」


「……思い切りましたね、その王子様。英雄ってヤツですか?」


唐突な褒め言葉に頬の筋肉が緩むのがわかる。

自分でも現金なもんだと思う。

実際はただの人殺しなんだがな。

誤魔化しで煙草を深く吸い込むと、変なところに入ったのかゲホゲホと咳が出てしまった。

ひとしきり咳を出し、気管が落ち着いたところで一度深呼吸をして呼吸を整える。


「えぇいクソ……英雄なんてご立派なもんじゃねぇな。……んでもって最後には王子様は行方を眩ませて、当時の宰相に王位を譲ったんだ」


「へぇ、王子様が王位を継がなかったんすね」


「王朝が変わったっつったろ?」


「……つまり当時の王子様は、全部の責任を放り出したわけっすね」


……自分がやった事で、自覚もしているが、人からそう言われるとなかなかへこむな。


褒められた直後だったからか、心の傷も意外と深くまで入ってしまった。


「……そういうこった」


そう言ってまた新しい酒を一気に呑んでしまう。

熱い息を吐き出すと、視界が一瞬だけ真っ暗になり、その後は景色が歪んで見えた。


こりゃあ酔ってるな。


改めて自分で再認識する。


「……その辺にしといたほうがよく無いっすか?」


「……今日は酔い潰れたい気分なんだよ」


「……ダメだこりゃ」


この後二杯の酒を呑んで、そこから後の記憶が綺麗にプツリと途切れてしまった。

夢の中でガキな自分が、「責任を取れ」としつこく耳元で囁いていた。

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