初日 昼
初日、昼
パラパラという雨音と共に目が覚めた。
この音がするという事は、相変わらず雨が降っているのだろう。
寝起き早々気が滅入る。
重い体と痛い頭を我慢しながら起き上がって窓の外を見やると、朝と比べると随分雨脚は弱くなっている景色が見えた。
しかし重たい暗雲は健在で、いつでも豪雨を降らせる事が出来そうだ。
……やる気が起きねーなー。
雨のせいで後ろ向きな考えしか出てこない。
これだから雨は嫌いだ。
寝台にもう一度倒れ込み、モゾモゾと布団の中に潜り込む。
調子が悪い。
それこそ酒すら飲む気が起きないくらい。
……今日は一日中グータラしていよう。
そう心に決めた時、その決意を打ち砕く音が聞こえた。
扉が二回叩かれた。
「……何だ?」
のっそりと顔を出してそう声をかけると、申し訳なさそうな顔をしたアガサが入室してきた。
アガサは俺が雨の日は調子が悪い事を知っている。
そのアガサが雨の日にこんな顔をしているという事は、彼女では対応できない問題が生じたのだろう。
「侯爵家からのお客様が来てます」
アガサがそう声をかけてきた。
ほら、やっぱり面倒事だ。
そう思い一瞬だけ悩んで、自分が楽になる答えを選んだ。
「具合が悪いって言っとけ。」
そう言ってもう一度布団に潜り込む。
「いや、しかし……」
アガサにしては珍しく、言い淀んだ。
そしてその原因はすぐに知れる事となる。
「仮病は良くねーな。良くねーよおっさん」
その声に再度頭を出し、声のした方を見やると、大男がのっそりと現れた。
身長が高く、筋骨隆々。
癖のある長めの黒髪で目つきが悪い。
最近仕事を共にする事の多い、通称青鬼が我が物顔で室内に入ってきた。
ガラの悪い風に見える男だが、実際は意外と真面目で気をきかせる。
頭も然程悪くない。
ほんの少し常識が無いが。
勝手に入室してきたのも、きっと他意は無いのだろう。
「……お前かよ」
「俺です」
見りゃあわかるよ馬鹿野郎。
「俺ぁ仮病じゃねぇんだよ。今日は無理だ」
そう言って、ロイドに背を向け布団の中に潜り込む。
「あぁ、雨の日は調子が悪くなるタチっすか?」
そう言う青鬼の言葉は思いの外優しかった。
「あぁ、頭が痛ぇ」
「しけてますねー。うちの嫁さんと一緒ですよ」
「うるせぇよ」
「でも私が来たからもう大丈夫!痛いの痛いの飛んでいけー」
子供に言い聞かせる様な物言いで俺の頭を掴むと、一瞬だけ俺の体が光った。
「ほら、もう痛くないでしょ?」
その言葉で頭痛が消えているのに気がついた。
「おぉ、……相変わらず凄ぇな」
思わず感嘆の声を上げてしまった。
相変わらず此奴の魔法は便利だ。
「はい、ということで行きましょー」
とはいえ、例え頭痛が良くなっても行きたくないもんは行きたくない。
「……気がのらねぇなぁ」
「勤勉は美徳っすよ?」
「……お前冒険者に向いてねーわ」
自由を愛する冒険者にとって、勤勉という言葉は間違いなく似合わない。
そしてこの男の人相にも、勤勉という言葉は似合わない。
相変わらずこの男はどこかチグハグだ。
はぁ、と溜息を一つこぼしてのっそりと寝台から降りる。
アガサが、おっさん二人何やってんだか、と呆れた顔で溜息を吐いた。
うるせぇよ、と心の中で返答し、煙草を一本咥えて火をつけた。
「明日からで構わんから、マイセン辺境伯の所に行って問題を解決してこい」
「こりゃまた唐突ですね」
場所は変わって侯爵の執務室で、いきなり面倒事を押し付けられた。
ウォルグリーン侯爵は相変わらず忙しそうで、只管何かを書いたり、腕を組んで考え事をしたり、ブツブツと独り言を言っていた。
いつもの光景といえばいつもの光景か。
唯一違うのは、いつもは一緒にいるロイドの兄貴がいない事か。
おそらくあいつも忙しいのだろう。
「問題って何ですか?」
その忙しそうな侯爵相手に、ロイドが何も考えてなさそうな顔で質問を投げた。
……ちったぁ考えろよ。
「……ニック、わかるか?」
そりゃあわかりますとも。
「大方クマナヴァ王国との領土問題ですかね?」
「と、いう事だ。今日中にニックからクマナヴァ王国の事を聞いておけ」
さらっと更なる面倒事を押し付けられてしまった。
「……俺がっすか?」
ただでさえやる気が出ないのに、何で更に面倒な事をやらんといかんのだろうか。
「お前が誰よりも詳しいだろうが」
訳知り顔でウォルグリーン侯爵がそう言ってきた。
まるで面白がっているみたいだ。
……こいつなんか知ってやがるのか?
相変わらずこの御仁の底がしれない。
中身は魔人だったりしてな。
「……了解しましたよ」
そう言って溜息を一つこぼした。




