初日 朝
初日、朝
ゆっくりと、深い所から這い上がってくる様に目が覚めた。
息が荒い。
肌がベタベタする。
きっと全身脂汗だらけだろう。
とにかく気持ち悪い。
チキショウめ。
そんな事を考えながら、なんとなしに寝返りをうつと、物凄く体が重いに気付いた。
ついでに頭が痛い。
この感覚は、溺れる感覚に似ているかもしれない。
あぁ……こいつは降ってるな。
そういえばさっきから、パラパラを通り越してバンバンと音がしている。
起き上がり、窓かけをめくって外を見ると、まだ空は薄暗く、早朝と言っていい時間帯であった。
そして空にはさっきまで見ていた夢と同じ様に、重い雲と大粒の雨。
……やっぱり。
火魔法使いと相性が悪いのか、雨の日は調子が出ない。
それこそ俺自身が湿気っているみたいだ。
気が滅入る。
気が滅入り過ぎて、大好きな酒すら飲む気が起きない。
何よりも雨のせいで湿気が強いのか、部屋の空気も重く感じた。
はぁ、と溜息を一つこぼして、もう一度寝台に倒れこむ。
そしてゴソゴソと枕元を弄り、目当ての物を見つけた。
気分が落ち込んだ時でも、こいつがあれば少しは気がまぎれるだろう。
それはすなわち、愛すべき煙草。
その煙草を咥えて、指先から火を出して着火、深呼吸する。
シューッ、と紫煙を吐き出せば、空気の重さを感じさせない動きでフワリと広がった。
そして紫煙がヘンテコな動きをして部屋の中に散っていく。
散っていくが、この煙草の甘い香りはこのまま部屋の中にしばらく居座ってくれるだろう。
これで少しは部屋の空気もマシになったか。
それにしても。
……嫌なもん、見ちったなぁ。
咥え煙草で天井に上がる紫煙を眺めながら、先程の夢を思い出す。
何で急に古臭い夢を見たのか。
しかも自分が最も甘ちゃんだった頃の夢。
何が責任ですだよバーカ。
調子に乗ったクソガキだった自分を思い出して腹が立つ。
イライラして力が入ってしまい、思わず咥えた煙草を噛みちぎりそうになってしまった。
いかん、いかん、煙草が勿体無い。
そんな馬鹿な事を考えていると、扉が二回叩かれた。
「はいよー」
「失礼致します」
返事をしてやると、中年の女がが入室してきた。
「おはようございます。今日は随分とお早いんですね?」
俺が起きた気配でも感じ取ったのか、入室した途端にそんな言葉を投げかけてきた。
きっと内心、普段から摂生して早寝早起きしろよ、なんて思っているのだろう。
「ガキの頃の夢を見ちまった」
そう言って少し笑う。
出てきたのは自嘲の笑みだった。
「それは懐かしさを感じる夢……では無さそうですね。ひょっとして後悔を感じさせる夢ですか?」
「……正解。……一言で言うと悪夢だな。変に目が覚めちまった」
「左様でございますか。……では寝汗をかいていらっしゃるでしょう。水と手拭い、あとは飲み物をお持ちしましょうね」
「さっすが有能」
この中年の使用人、アガサはニコリと笑って一礼し、退出していった。
本当にアガサを雇えて正解だったと思う。
有能で、礼儀正しく愛嬌がある。
唯一の欠点は若くない事だろうか。
可能ならば二十年前に出会いたかったと心からそう思う。
アガサが準備をして戻ってくるまでの間、新しい煙草を一本咥えて火をつける。
煙草とアガサとのやりとりで、朝起きた時よりかは少しは気分がマシになった気がする。
咥え煙草のまま寝台から降りて、ぐっ、と体を伸ばす。
バッキバキと随分と派手な音が鳴り響いた。
更に頭を左右に揺らして首も鳴らす。
今度はパキパキと軽快な音が鳴った。
そしてその音をかき消す様に、今までよりも更に激しく雨音が鳴り響いた。
げんなりとして窓の外を見ると、視界に映ったのは大雨が可愛く思えるほどのの豪雨だった。
このままだとどこか洪水が起きたりするかもしれない。
酷くなった雨と、途切れない暗雲を見て溜息を一つ吐いた。
やっぱり雨は嫌いだ。
おかげで嫌な気分に逆さまじゃあねえか。
もう一つ、紫煙と共に溜息をついて、煙草を灰皿にねじり消し、もう一度寝台へと倒れ込んだ。




