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煙草と魔法と格闘技〜固茹で卵気取りの転生譚〜  作者: ラーク
三章 太陽堕としと過去のしがらみ
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三十年前の夢

三十年前、朝


シトシトと雨が降る。

森の中は、雨に濡らされた緑の香りが広がって息苦しい。

それに雨で髪の毛が貼り付いて気持ちが悪い。

小さく溜め息を吐き空を見上げると、重い灰色の雲が覆いかぶさっていた。

しかし目線を少しずらして山の向こうを見ると、青い空が広がっている。

やがて青空はこっちまで広がって、雨雲を追いやってくれるだろう。


この国の暗雲も、一緒に取り払ってくれればいいんですがねぇ。


そんな事を思いながら視線を正面に戻すと、銀髪の男と目が合った。


まったく……なんて顔しているんですか?


男の顔は酷いものだった。

年の頃は三十代か。

若くしてこの国の宰相となったこの男の顔は、本来は女と見間違う程美しく、長い銀髪と相まってまるで人形の様に完成された美しさを持っている。

しかし今はその美しい顔を、涙と鼻水でグシャグシャにして、あまつさえ地に膝までついてしまい、誰が見ても茫然自失とし、打ちひしがれているのがよくわかる有様だった。


「……本当に行ってしまわれるのですか?」


男、ギュンター=フォン=ザーリアーは少し掠れた、長身にしては少し高めの声でポツリと呟いた。

見た目同様、声にも力が無く、今すぐ倒れてしまうのでは無いかと思われる程憔悴しきっていた。


まったく……世話がやける。


内心溜息をつき、意識して優しい声を出す。


「はい。貴方には本当にお世話になりました」


大丈夫だろうか、ちゃんと笑顔は作れているだろうか。

ちゃんと優しく優秀な王子様を演じられているだろうか。


そんな事を思いながらギュンターを見やる。


「これからこの国をよろしくお願いしますね?」


決してこの国を投げ捨てるのでは無く、貴方に任せるのだと言い聞かせた。

自分自身が王族という、堅苦しい肩書きを脱ぎ捨てる為の口実だとバレない様に。


「……どうして……どうしてアーブラハム様がこの国を出て行かれるのですか?!」


ギュンターの悲痛な叫び声が森の中に響いた。

ここまで自分の事を慕ってくれていることに対して、嬉しく思うし、煩わしくも思う。

結局、私は責任感なんて物を背負いたく無い、小心者の面倒臭がりの小物なのだろう。


「この国にはバウマイスターの者は居てはいけない。特に私の様な者はね」


「しかし!今回の件で一番頑張られたのは貴方様にじゃないですか?!それに一番心を痛められたのも!」


「そんな者は民には関係ありませんよ。一番重要なのは、私が先王の王太子である事です。そんな者が国に残っていては民が安心して生活できません」


この言葉に関しては嘘偽りなく、私の本音だった。

圧政を敷いた先王の一族はこの国には居ない方がいい。

私自身が手を下した事もあり、当初よりかバウマイスター家に対する民の感情は和らいだかもしれない。

しかしそれでも、民の恐怖心や猜疑心は完全に拭い去ることはできないだろう。


「しかし!」


「しかしではありません。この話は何度もしたはずです。ギュンター、貴方がこの国を引っ張っていきなさい」


まぁ結局は、私自身は全てを投げ捨てて、彼に押し付けることになるのだが。

ギュンターは優秀な男だ。

間違い無くこの国を、更に素晴らしい国に発展させてくれるだろう。


「……私にはできません」


そう言って、ギュンターは俯いてしまった。

王という重圧に押しつぶされそうになっているのか。

はたまた他の理由なのか。


まったく……少し焚き付けておきますか。


そう思い、今度は少し強めの声を出す。

言い聞かせるのでは無く、決定事項の様に。


「できませんではありません。やりなさい。それが簒奪した者の責任です」


我ながら無責任な事を言うと思う。

実際に簒奪したのは私自身で、面倒だから国王という仕事をギュンターに押し付けようとしているだけなのに。


「大丈夫。貴方なら間違い無く素晴らしい国を作ることが出来ます。いつかまた、私がこの国を訪れた時、私があっと驚くほどの発展を見せてください。期待していますよ」


今度はまた、優しく諭す様に声をかけた。

ギュンターはまだ迷っている様で、何やら俯いてブツブツと一人喋っている。

正直気持ち悪い。

しばらくするとギュンターはガバッと勢いよく顔を上げた。

その顔に迷いは無かった。

涙と鼻水で台無しだが。

しかしきっと、彼の涙も鼻水も、雨が流してくれるだろう。

一緒に彼の悲しみも流れてくれればと思う。


「わかりました。いつ貴方様が戻られてもいい様に、この国を準備しておきます」


もう戻ってくる気はないんですがねぇ……。


そう思ったが口には出さなかった。

代わりに頑張ってください等というありふれた、万能な言葉をかけておいた。


「これからアーブラハム様はどうなさるのですか?」


「そうですね……」


実際これといって何も決めていなかった。

しかし、これから先は大きな責任も無く、好き勝手にやれると思うとワクワクしてきた。


手始めに何をやろうか。

何をするにも自由なんだ。

そうだ、自由といえば。


「冒険者になろうと思います。幸い魔法の才能がある様ですし」


「そんな!おやめ下さい!危ないですよ!」


まったく……いつまでも子供扱いなんだから。


そう思うとついつい不満げな顔をしてしまう。


「大丈夫ですよ。自分の身くらいは守れます。では御機嫌よう。またいつか会いましょう」


これ以上小言を言われるのはたまったもんじゃ無い。


そう思ってそそくさと歩き出す。


「必ず戻ってきて下さいねー!!」


背後からそんな声がかけられた。


だからもう戻ってくる気は無いですって。

今日がアーブラハム=フォン=バウマイスターの命日なんだから。

そしてこれからは何て名乗ろうかな?

いっそのこと、ありふれた名前にしてしまおうか。

例えば……ニックとか。


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