48.エピローグ
深呼吸して、コンコンと二度扉をノックする。
場所はグラストン、ウォルグリーン侯爵の執務室。
「入れ」の声と共に扉を開け、室内に入り一礼する。
「ただいま戻りました」
頭を上げてそう言うが、机に座った閣下は書類に目を向けたまま、こちらをチラリと見上げる事をしなかった。
室内には閣下だけで無く、もはやこの部屋にいるのが当たり前になりつつある兄貴も居た。
この部屋に兄貴の机は無いはずなんだがな……。
そう思うが、きっと兄貴がこの部屋にいるのは何かしら理由があるのだろう。
頭の悪い俺にはわからないけれど。
「お疲れ様。派手にやったな」
目線は書類のままだが、しっかりと労いの言葉はかけてもらえた。
「証拠を残すなと言ったはずだが?」
そして横合いから、兄貴がいちいち茶々を入れてくる。
それにしても、誰かに犯行を見られた覚えはないのだが。
何かヘマをしただろうか。
「目撃者でもいたのか?」
そう聞いてみると、兄貴は深く溜息をついて、こめかみを右手の人差し指でグリグリしながら、こちらを見上げてきた。
あぁ、この仕草はイラついている時のやつだ。
「貧民街を一つ潰しておいて、何を呑気なことを言ってるんだお前は?」
「ごめんなさい」
半ば条件反射の様に、素直に謝ってしまった。
多分、最後の町で暴れた一件の事だろう。
「まぁ今回の一件で周りの貴族に知らしめる事が出来たから大目に見てやれ」
幸いな事に、閣下が俺を擁護してくれた。
流石閣下、やっぱりこの人には頭が上がらない。
「何を知らしめたんですか?」
閣下は書類から目を外し、ニヤリと笑ってこちらを見上げた。
「私に喧嘩を売ったらどうなるかということだ」
「……怖っ」
「実行犯はお前だろうが」
深く溜息をつき、呆れたようにそう言ってきた。
「そーでした」
「まぁ何にしてもだ、……上手くいって良かったな」
「ありがとうございます」
やっぱり上司はこういう人じゃないと長続きする訳ねぇよな。
「後はお前の初恋がどうなるかだ」
そしてさくっと、今回の本題に切り込んできた。
あえて自分からは触れないようにしていたのに。
「……ここまでやってダメになったりしませんかね?」
「知らん」
酷い。
そしてこの話題になってから、ずっとニヤニヤしている。
何故か兄貴は呆れた顔をしているが。
「上手くいくかどうかはお前次第だろうが。頑張ってこい」
そう言って激励をしてくれるが、いかんせん、今回の勝負は不安感しかない。
「……チンピラ殺す方が楽ですよね」
思わず溜息がこぼれた。
「……そう思ってるのはお前だけだ。今回の一件で一番の山場だな。朗報を期待している」
閣下から溜息を返されつつ、そう言って無理やり送り出されてしまった。
彼女は別室にて待機していた。
軽くノックして室内に入ると、椅子に座っていた彼女が飛び上がるようにして立ち上がった。
少し痩せたか?
……というよりやつれた気がする。
以前よりも頬が少しこけ、目の下に隈が出来ている。
「帰ってきたぞ」
安心させる様に、ニヤリと笑って近づいて行く。
少しは余裕のある、良い男に見えるだろうか。
「お帰りなさい」
そう言って彼女は一歩踏み出してきた。
しかし、彼女の顔には、俺が求めていた笑顔が浮かんでいない。
「……もうユリアを苦しめる奴らは居ないから安心しな。……だからそんな顔するなよ。……ちなみにこれからはコーネリアって呼んでいい?」
出来るだけ優しい声で、自分の欲望を混ぜながら囁いてみた。
その言葉を聞いた彼女は、とてつもなく驚いた顔をして、そして下を向き、ヨロヨロとこちらに向かって歩き、ボフッと胸に飛び込んできた。
「……ねぇ」
「……ん?どうした?」
彼女の吐息が少しくすぐったい。
「……ありがとうね」
「……気にするな」
頭を訳ポンポンと撫でてやる。
「……でも、ね」
「……どうしたんだ?」
妙にウジウジしている。
「……本当に良かったの?」
「……何がだ?」
「……だって、人、いっぱい殺しちゃった」
何だそんな事か、と思った。
「……俺がやりたくてやったんだ」
「……お願いしたのは、私だよ?」
そう言って泣きながら見上げてくる。
そんな顔されたら何でも許せてしまう気がする。
「……お前が気にすることじゃない」
「……でも、ね」
「……ん?」
「……私、貴方の気持ち、利用しちゃった」
負い目に感じているのだろう。
そう言ってまた、顔を深く埋めた。
「……お互い様だろう」
「……何が?」
「……俺はお前の心が欲しくてやったんだ」
「……」
「……だから俺は今回の事を、利用した事になる。だから気にするな」
言っていることは俺の本心だが、彼女からしたら欺瞞に聞こえるかもしれない。
でもここは、素直に、言葉通りに受け取ってほしい。
「……ありがとうね」
そして彼女は、言葉通りに受け取ってくれたようだった。
もしくは欺瞞として受け取ったが、あえて騙されてやろうと思ったのか。
なんにしろ、ずっとウジウジされているよりかはナンボかマシだった。
「……さっき聞いたよ」
「……うん、でも、ありがとうね」
「……あぁ」
「……何回言っても言い足りないかも」
これはひょっとして、俺に好意を抱いてくれているんじゃなかろうか。
そう思って更に調子に乗った発言をしてしまう。
「……じゃあさ、俺が死ぬまで、俺の事を見捨てないでくれ」
「……うん。……でも貴方よりも、きっと私が先に死んじゃうよ?」
それは嫌だな、と思う。
だから根拠が無くても、
「……大丈夫だ」
と、そう言ってしまった。
「……何が?」
「……俺がなんとかする」
具体的にどうすれば良いかはわからないけれど、力技でどうにかなるのならどうにかしてやる。
「……どうにもならない事も、あるかもよ?」
そう言って彼女は俺を見上げてきた。
目元を潤ませながら、少しのイタズラな微笑みを浮かべて。
……その表情、反則だ。
「……大丈夫だって。「青鬼」を舐めるなよ?」
そう言って唇を奪う。
……これって初恋が実ったって事で良いんかな?
……良いよな?
……良いってことにしておこう。




