33.閑話、男と女の本能
思い出すだけでもゾクゾクする。
彼の印象は、危なっかしくて、子供の様な、良い男。
彼の目つきは、しっかりと瞼の裏に焼きついている。
彼の殺意のこもった視線で、本当に殺されると思ってしまった。
この、マーマデュークともあろう者が、だ。
噂には聞いていた。
あのウォルグリーン侯爵の専属冒険者。
現在最もSランクに近いAランク。
通称「青鬼」。
近接格闘と魔法を併用する稀有な戦い方。
しかも水と光の二属性持ち。
初めは「あまり関わり合いになりたく無い」、程度だった。
でも、あの忌まわしいラックベインの所為で
、目をつけられる事になってしまった。
初対面したのは侯爵の屋敷の客間の様な部屋。
顔を合わせた瞬間、自分の認識が甘かったのだと知った。
「……どぉも初めまして。あたしはマーマデュークよ。一応サマエルっていう組織の首領をやってるわ。今後ともよろしくねぇ」
目一杯虚勢を張る。
最悪だ。
男としての本能が、今すぐ逃げろと訴えた。
目を見ただけでゾクゾクが止まらない。
この男は「あまり関わり合いになりたく無い」程度の男ではなく、「絶対に関わってはいけない」男だった。
唯一の救いは、頭に「敵として」がつくことか。
この男は身内に甘い。
少なくともユリアという娼婦に対しては。
そして敵には容赦無い。
アタシは全力で敵では無いと訴えた。
実際に今回の件では、私達は無実なのだ。
……監督不行き届きの感は否めないけど。
でもおかげで、敵認定は避ける事が出来たみたいだった。
「はいこれ。あいつらの溜り場に印をつけてあるから」
彼の依頼で彼奴の溜り場の地図を作ることになった。
この程度で多少の信頼を得ることができるのならば、安いものだ。
「ありがたくいただくよ」
そう言って彼はニヤリと笑った。
その顔が格好良くって、ついマジマジと見てしまう。
「どうしたよ」
不思議そうにそう尋ねてきた。
この朴念仁は本当に面白い。
一つの体に青少年と化け物が絶妙な割合で共存している。
あぁ、この前とは違う意味でゾクゾクする。
女としての本能が、彼と一つになる様に訴えている。
理性もイケるならイってしまえと背中を押す。
……でも駄目。
ここで我を出してしまうとこの人は多分離れていってしまう。
だから我慢。
「やっぱりいい男だなって。恋人の為に復讐代行をやるってそうそう出来ないわよ?」
「俺には出来る力があるからな。力は使ってなんぼだろ」
当然の様にそう言ってきた。
あぁ、恐ろしい……。
普通は多少の力があっても、いざ人殺しをやろうとしても心がついていかない。
しかも私達の様な、ロクでもない奴等を組織ごと殺るとしたら尚更だ。
この男は力を振るう事を躊躇わない。
そして難解な事象を解決してしまう実力と人脈を持っていた。
「力だけじゃなくって、度胸と人脈もでしょう?」
思わずそう言ってしまった。
無理矢理、口元に笑みを作り虚勢を張ってみる。
「あたしをアンタの愛人にどーお?」
ついでに私の本音も伝えてみる。
一度でいいから、こんな危ない、純粋な心を持った男から愛されてみたい。
「謹んで遠慮しとく。ユリアだけで十分だ」
残念ながら結果は芳しく無かった。
こうなる事は分かっていたが。
「つれないわねー。まぁ、気が向いたらいらっしゃい」
何でもないように言って、悲しい本心を隠す。
今は彼との繋がりを持てたことを良しとしよう。
少なくとも、今は青鬼の敵にはならなくて済みそうだから。
でも、もし彼と敵同士になって、組織の全力で相手をしたら、どちらが残るだろうか。
……きっと、私達はチリ一つ残らないのだろうな、とそう思えてしまった。
でも、どうせロクでもない最後なら、この人に殺られた方が良いな……。




