27.閑話、青鬼専属娼婦が出来るまで
目が醒めると、知らない部屋の、フカフカの寝台の上で寝ていた。
こんなの仕事でしか使ったことがないと思った。
ガチャリと扉の開く音がしたので、そちらを振り向くと、筋骨隆々とした大男が入ってきた。
男にしては長めの癖のある黒髪、整った顔立ちをしているけど、目つきはするどく、ちょっとだけガラが悪そうだと思った。
その男と目が合ったとき、とっさに身構えてしまった。
何かされるのではと思ったわけでも無いのに。
それを見た男は少し慌てた様子で、
「はいちょっと待った。ここ俺の家。貴女は路地裏で男からボコられていた。俺はそれを止めて男を追い払った。結果俺は貴女の命の恩人。オーケー?」
と言ってきた。
おーけーとはなんだろう。
「……おーけー?」
「……あぁ、理解したかって意味」
あぁ、そういえばこの声は、あの時最後に聞こえてきた声と一緒だ。
この男に助けられたんだ……。
意外と悪い人ではないのかもしれない。
「……うん、思い出したわ。理解しました」
「とりあえず水を置いとくから。こいつで顔だけでも洗い流しなー。服は流石に無いから勘弁な。俺は隣に居るから、終わったら壁を叩いてくれればまたこの部屋に戻ってくる。じゃあな」
そう言って部屋を出て行った。
こちらが思ってるよりも、随分と紳士なのかもしれない。
男が持ってきてくれた水と手拭いで顔を拭くと、たちまち赤黒く汚れてしまった。
血と泥と埃。
何度も手拭いを洗いながら、顔と身体を綺麗にしていった。
途中でふと、痛みが無い事に気付いた。
あの男が、魔法医師の所に連れて行ってくれたのだろうか。
やっぱりさっきの反応は申し訳なかったな。
そんな事を考えていると、一通り綺麗になった。
壁を二回叩く。
しばらくすると、扉がコツコツと二回、音を立てた。
「どうぞ」
そう言うと、男が飲み物を持って入ってきた。
匂いからするに、豆茶だろう。
どうしよう、砂糖が入っていないと飲めないんだけどな。
そんな事を思っていると、男は私の顔を見て、細めの目を大きく開いていた。
正直な男だと思った。
おそらく、この崩れた顔を見て化け物だとか思ったのだろう。
「……ほい、豆茶。砂糖を入れてあるから飲むといい」
それでも男は、私をなじったりしなかった。
それだけでも、その気遣いが嬉しかった。
砂糖入りと聞いて、ありがたく豆茶を頂く。
甘さの中に、少しの苦味が混じってとても美味しかった。
おそらく淹れ慣れているのだろう。
ひょっとしたらこだわりがあるのかもしれない。
そんな事を思っていると、男はまた私の顔を見て、今度は首を傾げた。
こんな反応は初めてだった。
嫌悪感を抱いているようではなく、マジマジと私の顔を眺めては、頭の上に疑問符を浮かべているようだった。
「……ありがと」
まだお礼を言ってないことに気づき、慌ててありがとうと伝えたが、男は別段気にしているそぶりは無かった。
「……失礼な事聞いていい?」
唐突にそんな質問が飛んできた。
やはり中身はまともなのだろう。
本当にガラの悪い無頼漢ならば、わざわざ「失礼な事聞いていい?」なんて事は言わずに、思った事を口にしてしまうだろう。
「……なぁに?」
「……その顔どったの?」
やっぱり聞かれたのは顔の事。
「……客に病気うつされちゃったの」
別に隠すことでもないので、正直に伝える。
「ひょっとして娼婦?」
「ひょっとしなくても娼婦よ……こんな顔だけどね」
そう、こんな顔でも娼婦だった。
そしてこんな顔だから、嫌々やっていた娼婦の仕事すら出来ないだろう。
「そんな卑下しなくても良いんじゃね?治せばいいじゃない」
この奇病の治療に、どれだけのお金と時間がかかるのか知らないのだろう。
「治すお金が無いから治せないに決まってるじゃない……」
「あぁ、何だそんな事か」
やっぱり軽く考えている。
なんだかイライラするな。
「……そんな事ってなあに?これを治せる魔法医師に治療を頼むと物凄いお金がかかるのよ?!」
思わず叫んでしまった。
死にかけてから、感情が不安定になっているみたい。
それにしてもこの男は……女ならこんな顔になってしまって辛いに決まっているのに……。
それをそんな事ですませるなんて。
「悪い怒らせるつもりじゃなかったんだ。さっき魔法で傷塞いだのになんで治ってないんだろうって思ってな」
男は焦った様な、そして本当に申し訳なさそうに謝罪してきた。
本当に悪気は無いらしい。
でも、そんなことよりも。
「……貴方、魔法が使えるの?」
ひょっとしたら、怪我を治してくれたのはこの人だったのだろうか。
「おう、見てな……っても見えないか。目をつぶってな。とびっきりの魔法をかけてやるから」
そう言って、男は私の顔に手をかざした。
暖かな光が私を一瞬だけ包んだと思ったら、男はすぐにかざした手を元に戻した。ら
「ほれ、終わった……ぞ……」
何が終わったのだろう。
そもそもこの病気の治療があんな一瞬で終わるはずないのに。
そう思って男の顔を見ると、ポカンとした顔でこちらを見ていた。
「…………まさかおっさんの言った通りになるとは」
この人は何を言っているのだろう。
「どうしたのよ、固まってしまって」
私の声で我に帰った様だった。
「……いや、見惚れてました」
「……はぁ?」
男は無言で窓を指差した。
何気なくそちらを向き、ガラスに映った自分を見る。
初めはまさか、と思った。
ガラスに映った顔が元の顔に戻っている気がした。
自分を抑えることができず、立ち上がって窓に近づき顔をしっかりと観察する。
窓に向かって己の顔をペタペタと触ると、力が抜けてへたり込んでしまった。
……顔がある!
涙が止まらなかった。
もう二度と、元に戻れないと思っていたのに……。
この人は私の命だけでなく、女の命も救ってくれた……。
「……ありがとう……ございます」
身体が勝手に動いていた。
気がついたら彼の元へ行き、頭を下げていた。
「まぁ、気にするな。これも何かの縁だろ」
なんとなしにそう言って、彼は私を優しく抱きしめてくれた。
彼が貸してくれた胸の中で、一頻り泣いてしまった。
ひょっとしたら、私の人生の中で一番の善人なのかもしれない。
もしくはお人好しか。
「でも……私……また元の姿に戻れるなんて……夢にも思わなかった……」
「良かったじゃないか。運が良かったんだろ」
彼は見た目に似つかわしくない、優しい声色で囁いた。
あぁ……なんか……この人は多分……今まで出会った人達と、何もかもが違うんだ。
出会ってまだ一日も経っていないのに、この人の声は私を安心させてくれた。
「……私に出来ることがあったら何でも言って。お礼をしたいの……」
さすがにこれだけの事をして貰って、何も無しは無いだろう。
この人に、そんな恩知らずな事はしたく無かった。
「……急に言われてもな。思いつかねえなー」
そう言うと男はしばらく考えて、ふと思いついたように聞いてきた。
「……君は今後はどうするんだ?」
「……元の生活に戻るわ。今まで通りにお客さんをとって……」
あいつらから解放されても、私にできるのは娼婦として男を楽しませるだけ。
それしか習ってこなかった。
「……じゃあさ、お願いがあるんだけど?」
「……なぁに?」
男は予想外の事を言ってきた。
「……俺の専属にならない?この家に住み込んでさ。悪い話じゃないと思うんだけど」
この日一度終わった私は、この人に助けられてもう一度娼婦に戻る。
でも今までと違って、何も悲観的になることは無い。
初めて前向きに、娼婦になろうと思えた。




