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おっさんと呑んだくれた翌日、俺は閣下の執務室の前にきていた。

まさか女の事で閣下を訪ねることになるとは、夢にも思わなかった。

自分が情けなくて泣けてくる。

小さく溜息を零し、軽く執務室の扉をノックする。


「入れ」


簡潔な返答。

閣下はこちらが誰なのか聞き返さなかった。

ひょっとしたら俺が訪ねてくるのを予期していたのではないかと邪推してしまう。


「……失礼します」


意を決して扉を開け中を見渡してみるが、意地の悪い兄貴の姿が見当たらない。

そりゃあそうか。

あの人だって忙しい。

と思うと同時に少しホッとした。

できれば今日は、兄貴には会いたくなかった。

兄貴に聞かれたら、呆れられる未来しか見えない。

そしてそれが義姉さんの耳に入ったらなおの事面倒くさい。

侯爵様はカリカリと、何かの事務作業をやっているようだ。

そのペンの動きがピタリと止まり、こちらに顔を向けると、おもむろに立ち上がった。


「お前から来るとは珍しい」


確かに普段は依頼の報告にしか来たことが無い。

そして今日は依頼の報告以外の要件でお邪魔させてもらった。

くだらない報告をしなければいけない事に、緊張して口がカラカラに乾いている。

大きく深呼吸をして、少しでも緊張をほぐし、やってやるぞと気合いを入れる。


「折り入ってお話がありまして」


閣下はニヤリと笑って、机を迂回しこちらに歩み寄って来た。そして、


「お前が囲ってる娼婦の事か?」


と、単刀直入に本題に切り込んできた。

突然の事に、いきなり胸を刺されたような感じがして、驚きで言葉が続かない。

それにしても流石はウォルグリーン侯爵様、耳が早い。


「あの女は止めておけ」


しかも唐突にダメと言われた。


「何でですか?」


閣下がそう言うならば間違いなく理由があるのだろうが、いきなりの否定に思わずムキになって反抗してしまう。

閣下はまるで玩具で遊んでいるかのように、少し面白そうな雰囲気で言葉を続けた。


「その娼婦、名前をユリアと言うのは間違いないか?」


「……はい」


名前まで調べられてるとは思わなかった。

何と無く、嫌な感じがする。


「その女をちと調べてみたがな、元々はうちの領地に送り込まれた犬のようだ」


いきなりのカミングアウトで思わず息が詰まった。

改めて深呼吸をして、浅くなっていた呼吸を整える。

それに元々、とはどういう事だろう。


「……それはどういう」


思った事をそのまま口にした。

それを見た閣下は面白そうに、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。


「その女が元々居た娼館はな、私の政敵と繋がっているんだ」


衝撃の事実。

というか政敵の息のかかった娼館があって大丈夫なのだろうか?


「そしてその娼婦に居た女が、うちのAランク冒険者の専属に収まった。疑うなと言う方がおかしい状況だな」


「……俺にはそうは見えませんでした」


「恋は盲目と言う。見たくない所は見えないものだ。それに状況がおかしい。普通使えなくなった犬は殺処分するんだがな。まぁたまたま女が殺処分される前に、たまたま通りかかったお前が助け出して、たまたまお前が惚れ込んで、たまたまお前の家に転がり込んだという可能性もあるわけだが」


暗にそれだけあり得ない可能性だと言われている。

……が、そんな事は俺だってわかっている。

わかってはいるが……それでも、だ。


「それでも俺は諦め切れません」


「……本気か?」


「……はい。何か起こった時の後始末は俺がやります。だから好きにさせてくれませんかね?」


頭を下げて懇願する。

なんだったら土下座してもいい。

タダ働きだってしてやる。

あいつの事だけは諦めたくなかった。


「……良いだろう」


ふぅ……という溜息の後に続いた言葉は、思いの外軽い声色で紡ぎ出された。


「……え、良いんですか?」


流石に予想外の返事で聞き返してしまった。


「何だ嫌なのか?」


またもや閣下はニヤニヤとした笑みを浮かべ、こちらに言い募ってきた。


……完全に遊ばれているな。


「いやそうじゃなくってですね、なんと言うか拍子抜けといいますか」


「他人の初恋に口を挟むほど野暮じゃない」


大人の男の気取った台詞。

その気遣いがとてもありがたかった。


「……ありがとうございます」


しかし残念ながら、非常にありがたい台詞を吐いてはいるが、口元のニヤニヤ笑いが全てを台無しにしていた。

そのにやけ顏を唐突にキリッと引き締めると、さっきまでとは打って変わって低い声の真面目なトーンで話し始めた。


「その代わり公私ははっきり分けろ。少しの情報を漏らすのも許さん」


「了解致しました」


言われるまでもない、と言いたいところだが、残念ながら本能と煩悩に負けてペラペラと喋ってしまいそうだ。

気を引き締めなければ、と思ったところでさっきから気になっていた事を質問した。


「ところで政敵と繋がっている娼館、放置しといて良いんですか?」


何ならヤってしまいますが。


「放っておけ。定期的に嘘の情報を漏らしに部下を遣っている」


……つまり税金で風俗に行っているということか?


「……羨ましいですね」


「……恋人がいる奴の台詞では無いな」


大変失礼致しました。


「それとだ、何か困った事や面倒事になったらすぐに頼ってこい。尻拭いはしてやる」


……これが大人の男か。

いかん、惚れてしまいそうだ。


「ありがとうございます」


「慣れてるからな。面倒事の一つや二つ増えても変わらんさ」

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