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家に連れて帰ったことが失敗だった。
いや、この場合は成功だろうか。
自宅に帰ってきて、始めに女をベッドに横にし、灯りをつけた。
灯りに照らされた女は、顔も髪も服も、血と埃と泥でドロドロに汚れていた。
まったく、これじゃあ傷が治ってるかもわからないじゃないか。
そんな事を思いながら裏手の井戸に水を汲みに行く。
夜とはいえ、暑いから冷たいままで良いだろう。
そう思い桶に水を汲み、手ぬぐいを桶の縁に引っ掛けて持って行ってやる。
寝室の扉を開けると、女は目を開けていた。
しかし、イマイチ自分の置かれてる状況がわかっていない様子で、こちらを見て一度目を瞬かせた後、シーツをたくし上げ身構える様な行動を起こした。
「はいちょっと待った。ここ俺の家。貴女は路地裏で男からボコられていた。俺はそれを止めて男を追い払った。結果俺は貴女の命の恩人。オーケー?」
「……おーけー?」
「……あぁ、理解したかって意味」
しまった思わず使っちまった。
少し高い女の声は、ほんの少し掠れていた。
「……うん、思い出したわ。理解しました」
意外と肝が据わっているのか、本当に落ち着いた声音で答えてきた。
もっとも、顔の汚れが酷いから表情は読めなかったが。
「とりあえず水を置いとくから。こいつで顔だけでも洗い流しなー。服は流石に無いから勘弁な。俺は隣に居るから、終わったら壁を叩いてくれればまたこの部屋に戻ってくる。じゃあな」
そう言って部屋をでる。
炊事場に行って豆茶を二杯淹れ、両方に砂糖を入れる。
その豆茶を持ったまま、寝室の隣の部屋へ移動し、無意識の内に煙草に火をつけ豆茶をすすった。
さて、どんな事情があるのやら……。
そうしてそのまま煙草を二本ほど消費した頃、壁を二回、コツコツと叩く音が聞こえた。
まだ口をつけていない豆茶を持って寝室に移動する。
一応ドアを二回ノックすると、どうぞという女の声が聞こえてきた。
中に入って女の顔を見ると、思わず絶句してしまった。
女の顔は荒れているを通り越して、崩れてきているに近かった。
「……ほい、豆茶。砂糖を入れてあるから飲むといい」
何とか声を絞り出して、女に声をかける。
治癒の魔法をかけたのに、何故顔があんな状態なんだ?
そんな疑問が浮かんだ。
そして女の職業候補が頭に思い浮かんだ。
「……ありがと」
女は一言そう言うと、豆茶を一口すすった。
「……失礼な事聞いていい?」
ちょっとだけ意を決して、質問をしてみた。
「……なぁに?」
「……その顔どったの?」
「……客に病気うつされちゃったの」
おおよそ予想通りの答え。恐らく女は……
「ひょっとして娼婦?」
「ひょっとしなくても娼婦よ……こんな顔だけどね」
女は自嘲げな声色で答えてきた。
「そんな卑下しなくても良いんじゃね?治せばいいじゃない」
「治すお金が無いから治せないに決まってるじゃない……」
「あぁ、何だそんな事か」
「……そんな事ってなあに?これを治せる魔法医師に治療を頼むと物凄いお金がかかるのよ?!」
女がヒステリック気味に叫び出してしまった。
しまった怒らせた。
何かが女の琴線に触れてしまったのだろう。
どうして俺にはこんなにもデリカシーが無いのだろうか?
だからもてねーんだよ、というおっさんの声が聞こえた気がした。
「悪い怒らせるつもりじゃなかったんだ。さっき魔法で傷塞いだのになんで治ってないんだろうって思ってな」
「……貴方、魔法が使えるの?」
「おう、見てな……っても見えないか。目をつぶってな。とびっきりの魔法をかけてやるから」
そう言って、今度は解毒の魔法を治癒に重ねてかけてやる。
病気の類、特に細菌やウイルスが関係している病気は通常の治癒では効かず、解毒の魔法を重ねて使わなければ治りはしない。
現に今手を当てている顔を中心に、崩れていた顔はどんどん健康な皮膚に生まれ変わって行った。
「ほれ、終わった……ぞ……」
まさか自分がこんな事になるとは夢にも思わなかった。
「…………まさかおっさんの言った通りになるとは」
おっさんの予想が当たってしまって、何となく恥ずかしい。
女はこちらを見て、キョトンとしている。
余程俺がアホな面をしているのだろう。
まじまじと、女の顔を明るいところで見てみると、とても好みの顔であった。
幸の薄いが美人な顔。
まつげは長め、唇は薄め、髪の色は銀に近い金髪。
顔だけ見ると、少し気の弱そうで、口数が少なそうな感じがする。本当にそうだったらいいな。
若干俺の決めつけ、願望も入ってはいるが、どうせなら中身も良い奴であって欲しい。
今回、自分自身の好みど真ん中を初めて知った。
……つまり、結論を言うと、一目惚れしてしまった。
「どうしたのよ、固まってしまって」
女のその声で我に帰る。
「……いや、見惚れてました」
「……はぁ?」
正直に煽てても駄目のようだ。
一先ず無言で窓を指差した。
この部屋に鏡なんて気の利いたものはない。
しかし夜ならば、窓ガラスが鏡のように姿を映してくれるだろう。
女は俺の指し示す方向に顔を向け、ガラスに映った己の姿を見て、まず始めに固まった。
次に立ち上がり窓につかつかと歩みを進め、窓に向かって己の顔をペタペタと触ると、最後にその場にへたり込み、ポロポロと涙を流し始めた。
しばらく泣き続けた後、女は急に立ち上がり、こちらにつかつかと歩み寄り、ガバッと頭を下げた。
「……ありがとう……ございます」
まだヒッグ、エグッ、と泣きじゃくってはいたが、泣き声の間に聞こえた台詞は感謝の言葉だった。
「まぁ、気にするな。これも何かの縁だろ」
そう言って女の頭を上げさせて、代わりに胸を貸してやった。
女は素直に胸に顔を埋めて、そのまましばらく泣き続けた。
何となく、役得。
「でも……私……また元の姿に戻れるなんて……夢にも思わなかった……」
少しは落ち着いたのか、女はポツリポツリとそんな事をこぼした。
「良かったじゃないか。運が良かったんだろ」
「……私に出来ることがあったら何でも言って。お礼をしたいの……」
「……急に言われてもな。思いつかねえなー」
その時、俺の心の中に邪な考えが浮かんだ。
「……君は今後はどうするんだ?」
「……元の生活に戻るわ。今まで通りにお客さんをとって……」
「……じゃあさ、お願いがあるんだけど?」
「……なぁに?」
これを言ったら軽蔑されるかもしれないし、逆に何だそんな事か、と拍子抜けされるかもしれない。
でも、この台詞を吐くと、この先ずっと、娼婦と客の関係になってしまう。
……それでもおれは、己の欲望を抑える事が出来なかった。
「……俺の専属にならない?この家に住み込んでさ。悪い話じゃないと思うんだけど」
とんでもなく馬鹿なことを口走ってしまった。




