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おっさんと別れた後、一時帰宅の前に、その足で馴染みの菓子屋に顔を出しに行った。


「おう、青鬼。相変わらず暴れてるらしいな」


いきなりそんな事を言ってきたのは、この菓子屋の主人だった。

身長が高く筋骨隆々とした、坊主に髭をはやして厳つい顔をした、多分四十代のおっさん。

職人、と言えばしっくりとくるが、頭に菓子がつくと一気に似合わなくなるそんな風貌をした男。

元冒険者で、脚を怪我したのを機に何故か菓子職人に転職した妙な人物だった。

新人の頃はよく仕事の相談に乗ってもらったし、今でもたまに飲みに行く仲である。


「……勘弁してくださいよ、エドガーさん。俺は真面目に仕事をしているだけですよ」


溜息を一つついてみると、がはがはと豪快な笑い声が返ってきた。


「真面目に働き過ぎて、黒鬼人を一人で倒すなんて無茶苦茶する奴はお前しかいねぇよ」


少し格好をつける為に、肩をすくめて返事をしてみせた。


「俺の事は良いからとっとと買い物させてくれませんかね?」


「まぁ、そう怒るな。ほれ、新作の味見だ」


そう言って黒い塊を差し出してきた。

手に取ってみるとしっとりとした手触りで、少し酒の匂いがした。

おそらく焼き菓子であろう黒い菓子を、一息に口の中に放り込んでみた。


「へぇ、酒の風味が強いですがなかなか美味いですね。少し苦くて、甘さ控えめで」


そう答えると、エドガーさんはニヤリと盗賊の様に物騒な笑顔を見せた。

この笑顔が無ければ、もう少しこの店は流行っているのにと思った。


「気に入ってもらえたなら何よりだ。どうする?」


「ください。それとは別に飴玉と焼き菓子を適当に大量に。酒が強いやつはのかしてくださいね」


「あいよー。いつも通りだな」


しばらくエドガーさんは、ガサゴソと焼き菓子を適当に見繕って小さめな紙袋へ放り込み、それを成人女性ほどもある大きめの袋に放り込むと、最後に飴玉を、自身の大きな手で鷲掴みにし、焼き菓子の入った大きな袋に放り込んだ。

そしてその袋を、ドスン、とおおよそ菓子とは思えない重そうな音を立てて、専用のはかりに乗せた。


「……合計で十万Gだ。毎度毎度すまねぇなぁ」


と、言っている割には全く申し訳無さそうな顔はしていなかった。

十万Gきっかり支払い、ズッシリとした袋を持ち上げると、蜜と卵と乳の甘く柔らかい匂いがした。


「ガキどもは食べ盛りですからね。これだけ買っても何日もつか……。じゃあすいませんが、これで失礼します」


「相変わらずマメだなぁ。またこいよー。また呑みに行こーぜ。お前の奢りでなー」


全くお客様に返す言葉とは思えない台詞が返ってきたので、とりあえず酔い潰して奢らせる事を心に誓った。









一度家に戻り荷物を置く。

三年前に買った家で、台所と部屋が三部屋。

大きくは無いが一人暮らしには少しばかり広い。

鍵を開けて家に入ると、染み付いたタバコの匂いがした。

部屋に荷物をひとまず置くと、何よりも先に煙草に火をつけ、豆茶を淹れた。

黒い液体がカップに溜まると、部屋の中に香りが広がり、煙草の匂いとも混ざってなんとも言えない香りとなった。

豆茶を一口啜り、部屋の中を見回す。

人からはよく、意外と片付いている、と言われる。

実際は片付いているというよりも、物が少なくて片付いているように見える、が近いと思う。

ある物はベッド、小さなテーブルと椅子がワンセット、種類の乏しい食器類、簡単な調理道具、灰皿、服くらい。

あまり物が無い殺風景な家。

冒険者という仕事がら、あまりこもることがないので、こんな家になった。

実際の所、独り身の冒険者は皆こんな物ではないだろうかと思う。

煙草と豆茶で人心地ついたので、良いつまみが手に入ったから今日はいい酒を買って帰ろう等と、ぼおっと取り留めもないことを考えた。

煙草を三本程消化して、最後の仕上げに豆茶をぐいっと飲み干すと、行動を起こす為にグッと立ち上がった。


おっさんとの約束の前に洗濯屋に行かねば。


もう一本煙草に火をつけ、くわえ煙草のままたまった洗濯物をまとめてずた袋に入れる。

しばらく洗っていなかったせいか、思った以上の量になってしまった。

歩き煙草は危ないし、教育上よろしくないので、吸いかけの煙草を灰皿向かって捻って消火し、ずた袋を右手に、大量の菓子を左手に持って、家の裏手にある洗濯屋に持って行った。


家の裏手にある洗濯屋は、子供の洗濯屋であった。

子供が洗濯屋をしている理由は、孤児院が経営している為である。

孤児院の貴重な収入源であり、子供達へ働く大切さを教える為の実地訓練として営業していると、この孤児院の牧師さんが言っていた。

久しぶりにこの店に顔を出すと、店番をしている年長の少年がこちらに気づいた。


「あっ!青鬼のおっちゃん!」


その一言をきっかけにわらわらと店の奥から子供達が出現した。

中には洗濯の真っ最中だったのか、泡だらけの子供達も混じっていた。


「おっちゃんお土産は?!」


「なんかお話して!」


「お腹すいた!」


次々と自分勝手な事を言い出し収拾がつかなくなりそうだったので、意図的に声を大きくして声をかけた。


「おら、お菓子よりも先にいらっしゃいませだろうが!」


「わかったからお菓子!」


「全っ然わかっちゃいねえ!ほらお菓子だあっち行ってろ!あと泡だらけの奴はお菓子の前に体拭いてこい!」


そう言ってズッシリとした菓子袋をおろすと、子供達は数人がかりで持ち上げ、出てきた時と同じ様に、ワラワラと店の奥に戻って行った。


「いつもごめんねぇ、青鬼のおっちゃん」


「ちゃんと教育しとけよ。ほれ、今回の洗濯物と代金」


そう言って少し色をつけて代金を支払う。


「……お菓子に続いて、いつもいつもありがとうございます」


嬉しさ半分、申し訳無さ半分の表情で言ってきた。


「気にすんな。ところで何か面白い話はないか?」


お菓子の差し入れをしている理由は、子供好きだから、というわけではなく、情報収集が一番の理由に挙げられる。

洗濯屋を利用する客に冒険者が多いので、以外と色々な情報が入ってくるのだ。

一つ一つは噂話程度でしか無いかもしれないが、それが積み重なっていけば意外な情報に繋がるものだ。

決して子供好き、というわけではない。


「んー、最近は青鬼が黒鬼倒してきたってことくらいかな?」


あまり良い情報は無かったらしい。


「……それ以外で」


「……後は青鬼はお姉さんには頭が上がらないって」


「……誰だよそんな嘘広めてる奴は」


「いろんな人。何か知らないけど、みんなに見られてたんでしょ?」


噂が広まるのが早すぎる。


「……さっきのか」


「みんな楽しそうに話していたよ」


……もう嫌だ。

ハードボイルド目指しているのに……。

ちょっと意気消沈したのでとっとと出よう。


「……洗濯物はまた明日取りに来る。」


「はい、まいどー」





おっさんと待ち合わせ場所に10分前にいく。

時間だけは必ず守るようにしている。

逆に時間すら守らない奴は信用できない。

少なくとも一緒に仕事はしたくないと思う。

おっさんはまだきてない様だったので先に席に座っていると、顔見知りが挨拶に来た。

少し前に暴走ライノを倒した時に絡んできた奴。

何気に長い付き合いで偶に飲みに行く仲。

引き締まった体の、少し猫背の猿顔の双剣士。

あまり重くない革の鎧を着ている事からも、機動力を活かした戦い方だとわかる。


「よう、ロイド。この前ぶりだな」


「そうだなジョージ」


「また派手に暴れたらしいじゃねぇか。どうやって倒した?」


「補助魔法重ね掛けして蹴り殺した。」


「あぁやっぱり。」


おや?と思った。

今までの周りの反応と違ったからだ。


「おどろかねぇの?」


「もう慣れた。やっぱりお前、人に変装した鬼人だろ?」


やはり、酷い言われようは継続である。


「酷くね?」


「酷くねぇ。所でひょっとしてもうAランク?」


唐突にとんでもないことを言い出した。

Aランクと言えば人外に片足を突っ込んだような奴らだ。

その仲間に俺が入れるとはとても思えない。


「いやいや、この前Bに上がったばっかだし」


「でも噂では侯爵様が動いているらしいぞ」


「本当かよ?嘘くせぇ。そもそもそんな簡単に噂が広がるはずがないだろう」


そんな事を話していると、ジョージの目線が俺から俺の背後に向けられた。


「おう、待たせたな」


と、ニックおじさん登場。

するとジョージが背筋をピンと伸ばし、唐突に挨拶をしだした。


「初めまして、自分ジョージっていいます!二つ名はましらって呼ばれてます!よかったら今度自分とも一緒に依頼を受けてください!」


と、告白でもしそうな勢いで自己紹介をし、お近付きになろうとしていた。


「どうしたよ、お前」


「ばかたれ、太陽堕としのニックさんと話せる機会なんてそんな貴重な経験できるなんてそうそうある事じゃないんだぞ!」


思いもしない所でおっさんの二つ名が発覚した。

太陽堕とし。

超恥ずかしい。

噴き出しそうになるのを無理矢理押さえ込んだせいでニヤニヤが止まらない。

おっさんに目を向けると、うるせぇ黙れほっといてくれ殺すぞ、という様な凄まじい、殺意と羞恥の入り混じった顔で睨みつけてきた。


「ほんじゃあまぁ、今回の主役が揃った事ですし、注文しますか。何にします?」


「主役っても二人しかいねぇじゃねぇか。注文はよくわかんねえからお前に任せるわ」


ジョージを追い払った後、エールと幾つかの料理を頼んだ。

食卓に出来たての料理と、エールが二杯並べられる。


「それじゃあ無事に依頼が達成できた事を祝って」


「「乾杯」」


お互いにごくごくと、一気にエールを飲み干すと、同時に食卓にジョッキを叩きつけ、ブハァ!と一息ついた。


「この店のはよく冷えてて美味いな!」


「料理担当が何か簡単な水魔法使えるらしいですよ。毎回魔法で冷やしてるらしいです」


「俺も魔法適性火魔法じゃなくて水魔法がよかったなぁ」


「そんなこと言ったら世の魔法使いから殺されますよー。あんだけ凄い魔法使えるんだから」


「それでも酒が美味く飲めるなら、水魔法がよかったわ!」


「あ、ダメ人間発見」


「うるせぇほっとけ」


そんなダメダメなくだらない話をしながら、ゆっくりと夜が更けていく。

煙草に火をつけ、深く煙を吸い込むと、どっと疲れが襲ってきたような気がした。

でも、仕事終わりの酒と煙草と美味い飯。

これがあれば次も頑張れる気がする。







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