油断大敵、初体験
終わった。
終わってみれば呆気ない。
中々愉快な奴等ではあったと思う。
デカイ方をおちょくった時の反応も面白かったし、ニックに関してはこんな形でなければ友人としてやって行けただろう。
溜息を一つ吐いて、ちらりと自身の右腕があったところに目をやる。
今そこには何もない。
右肩から先が、文字通り塵一つ残さず焼き尽くされてしまった。
恐ろしいまでの力だと思う。
吸血鬼と炎は相性が悪い。
体の一部を無くしたことはないが、流石に消し炭にされてしまったら再生は難しいだろう。
奴等がもう少し弱ければ生かしていても良かったが、加減をすると此方までやられそうだった。
ただの人にしてはやる。
そう思って目の前の黒い塊に目をやる。
流石にコレに挟まれてしまえば、奴等の命は無いだろう。
そう思っていた。
……しかし。
みしりと音がした。
……まさか。
背筋がゾクリとした。
初めて寒気を感じた。
ひょっとしたらこれが恐怖心なのだろうか。
肌が粟立つのがわかった。
ギシギシと音がする。
音の発生元は閉じられた黒い塊。
思わず息を飲む。
バギッ、という音と共に塊が割れる。
信じられない。
吸血鬼の魔法が、ただの人の力によってこじ開けられそうになっている。
追い討ちをかけなければ。
そう思うよりも先に、闇の間から血塗れの青鬼が顔を出した。
筋肉が、骨が、体の中の色んなものが悲鳴をあげている。
「……おっさん早くどいて。……長くは持たないかも」
おっさんが気絶していない事に期待して声をかけると、思った以上に弱々しい声が返ってきた。
「……おし、……もちっと待っとけ」
大丈夫かよ、おっさん。
そう思ったが、杞憂だった様だ。
キュルキュル、シュルシュルと、俺達を潰そうとしていた黒い塊が上空に上がっていく。
見上げると、何時ぞや見た黒い太陽が、頭上に浮かび上がっていた。
「……お前本当に人間か?」
「……俺も魔法を腕力でどうにかする奴を初めて見たわ。お前新種の鬼人だろ?」
「ひでーっすよおっさん。イテテテテ……」
「あとニック、お前もだ。何ださっきの黒い球は?」
「奥の手だ。それ以上は教えてやれねぇなぁ」
尻餅をついて軽口を叩き合いながら、全速で怪我の修復にあたる。
そもそも普通ならば怪我の範疇を超えている気もするが。
骨、オーケー。
内臓、オーケー。
肉、オーケー。
血、はちょっと足りないかも。
まぁ、気合いでどうにかするしか無い。
いつものことだ。
「さあってと。……二回戦、始めるぞ!」
そう言って跳ね上がるが、返ってきたのは気の無い返事だった。
「遠慮しておく」
「……はぁ?」
「お前とやっても勝てる気がしない。今回は私が引かせてもらおう」
「おいおい、勝ち逃げはねーぞ」
大体、そんな顔しといてお終いは無いだろう?
「……テメェ、ニヤケてんじゃあねえかよ」
「……テメェ、ニヤケてんじゃあねえかよ」
そう言われて口元に手をやると、確かに口は弧を描いていた。
……俺は、……楽しいのか?
そう自問自答する。
確かにこの様な経験は、滅多にあるものでは無いだろう。
速く、激しくなる鼓動と比例する様に、初めての体験に心が踊っている。
髭の男が炎を放った。
霧になって避ける。
「だあっ!メンドクセー!」
髭の男はそう言ってバシン、と地面を叩いた。
そして発生するのは彼を中心とした全てを巻き込む炎。
其れはつまり、炎の竜巻。
全てを巻き込む炎を見て、咄嗟に上空へと飛び上がった。