闇の力、炎の脅威
お詫びにもう一話。
月明かりと闇が影を生み出す。
影が実体化する。
一枚布の様に、優しく包み込む様に。
波打つ影の海が襲いかかる。
その襲いかかって来た影を、思いっきり殴りつける。
がこん!
おおよそ影を殴ったとは思えない音が響いた。
布の様に柔らかくない。
海の様に手応えを感じない訳ではない。
殴った感触は正しく金属の様だ。
その漆黒の金属が四方八方から襲いかかる。
包む。
押しつぶす。
斬りつける。
叩きつける。
真っ黒に染まった視界。
影の攻撃をノラリクラリと避けながら受け流す。
ゴリゴリと両腕の籠手が悲鳴をあげる。
この籠手が無ければ、ひょっとしたら既に満身創痍だったかもしれない。
鍛冶屋のおっちゃんに感謝だ。
「……今回は前と違う戦い方なのだな」
「……籠手持って来といて良かった」
お互いにまだ喋る余裕がある。
クルクルと回りながら攻撃をいなし、受け流す。
受け流すのが上手くいけば、その分力のある一撃が効いてくる。
受け流す事は、相手の体勢を崩す事に繋がるからだ。
埒があかないと思ったのか、吸血鬼が影に紛れて飛び込んで来た。
吸血鬼の右手ストレート。
大振りなテレフォンパンチだが速すぎて関係無い。
狙いは鼻の下、唇の上。
人体急所。
完全に殺しに来てんじゃねぇかよ。
左手を立てて体の正面に持ってくる。
敵の勢いに負けない様に右手を添える。
左手に着弾。
籠手の丸みを使って左後ろに受け流す。
まだ敵は実体化したまんま。
いけ、必殺足払い。
「今だおっさん」
「いきなりだなオイ」
そんな事を言いながら、仕事は速い。
いきなりだな、のいき、で太陽が出現。
いつもより流石にちっさいか?
なり、で手を振り下ろした。
だな、で太陽が目の前に。
あれ?これって俺、巻き込まれねぇか?
そりゃねぇぜおっさん!
オイ、と共に地面に太陽が着弾。
次の瞬間、辺りが光に包まれた。
熱い。
服が焼ける。
皮膚が焼ける。
肉が焼ける。
肺が焼ける。
でもギリギリ、脳味噌と心臓は大丈夫。
……滅茶苦茶きついけど。
意識だけは飛ばないように。
全力で治癒に魔力を当てる。
焼けたそばから再生される肉体。
側から見ていて気持ちのいいものではないだろう。
もっとも、見ることができるのならば、と但し書きがつくが。
揺らめく炎の中、ビデオの巻き戻しの様に体が元に戻って行く。
手……大丈夫、足……大丈夫、視界……大丈夫、呼吸……大丈夫、服…….全焼……。
立ち上がる。
辺りを見回す。
おっさんが煙草を吸っていた。
とりあえず無言でスタスタと歩み寄る。
「おう、無事だな」
思いっきりデコピン。
パァン、という音と共に額が破れ血飛沫が舞い散る。
「痛ってぇなぁオイ!いきなり何しやがんだコラ殺す気か⁈」
「そりゃあこっちのセリフでしょうが!危うく死にかける所だったじゃ無いっすか!」
「お前があの程度で死ぬわけねぇだろうが!」
「俺だって死ぬわぁ!」
「生きてんじゃねーか!」
「だとしてもですよ!きついんですよ痛いんですよ!熱いんですよ!」
「だからって遅らせたら奴さんにも逃げられるだろうが!」
「だったらせめて何か合図をしてくれてもいいじゃないっすか!」
「合図出したじゃねぇかよ!」
「……いつっすか?」
「火球を出す時に煙草の灰を落としただろうが!」
「わかるかボケェ!」
「年上に向かってボケとはなんだコラ!」
「うっさいわ変態!駄目人間!馬鹿殿!」
「テメェ人外今度は消し炭にすんぞコラァ!」
「そのまま相打ちしてくれたら嬉しいんだがな」
「「えっ⁈」」
俺達の左右から持ち上がった影が、ばちん、とハエトリソウの様に閉じた。