情報収集、情報共有
今回の件に当たって必要な物とは何か。
それがわかれば苦労はしない。
と言う事で、必要な物を聞くことにした。
相手は当然……
「おっさんおっさんおっさん」
「何回も呼ぶなよ聞こえてるわ」
ニックのおっさんである。
いぶし銀で頭脳担当なこの人に聞いておけば、大抵のことは解決するだろうと思う。
「耳が遠くなって無いようでなによりです」
「焼くぞボケ」
「焼いても不味いと思いますよ?」
「誰が食うかよ。……んで?何の用だ?」
とりあえずいつもの調子で軽口を叩き合いながら本題にはいろうとする。
「ちょっと力を貸してくれません?」
「話は聞いてやるからそこで豆茶奢れ」
そう言って俺達は適当な店に入り豆茶を二つ注文した。
初めて入るこの店は、外観も内装もぼろっちい。
こんな店で美味い豆茶が飲めるのか疑問が残るが、ひょっとしたら、と言うこともあるかもしれない。
「……ここ、来たことあるんですか?」
「いんや、初めてだ」
出来るだけ期待しない様にしながら、煙草を咥えた。
「……なんだ、今度は何と事を構えるんだ?」
そう言っておっさんも煙草を咥えて、俺の煙草と一緒に纏めて火を点けた。
少し深めに紫煙を吸い込んで上方向に吐き出し、ぼろっちい店の中では比較的まともな食台に左肘を乗せて体重を預ける。
ミシリという音が、店内にやけに大きく響いた。
「吸血鬼です」
おっさんの動きが止まった。
「……は?」
おっさんの口から煙草が落ちた。
「吸血鬼です」
手の甲に落ちた煙草に吃驚して、止まったおっさんの動きが復活した。
「……いやちょっと待て」
おっさんは拾った煙草を右手に挟み、ジロリと此方を睨め付けた。
「吸血鬼です」
おっさんが溜息ひとつ。
「断る」
思った通りのつれない反応が返ってきた。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?」
「うるせぇよなんでそんなバケモンとやり合わなきゃいけねぇんだよ!」
「閣下から依頼されまして」
「知らねーし。俺にゃ無理だって」
「大丈夫!」
「何がだ⁈」
「大丈夫!」
「何処がだ⁈」
「どうにかなる!」
「投げやりじゃねーか!」
ワイワイと言葉の応酬をしていると、老人が静かに豆茶を二つ、食台にコトリと置いた。
気を取り直して、砂糖をふた匙入れた豆茶を口に含む。
うん、泥水みたいに濃ゆい。
対面にいるおっさんも豆茶を口にしたが、表情からは何も読み取れない。
味音痴なのか、痩せ我慢しているのか。
「いやだからおっさんの知恵を借りたいと思いまして」
とりあえず下手に出てみる。
「急に揉み手してんじゃねぇよ気持ち悪りぃ」
やはり女じゃないと効果は無い様だ。
「あっ、酷いです。今ので俺、傷つきました」
「テメェの心は龍の鱗よりも硬いだろうが」
「お願いしますよー。力貸してくださいよー」
そう言って手を取ろうとするが避けられた。
「嫌だよ吸血鬼相手なんざ命がいくらあっても足りねぇよ」
「良い女紹介しますから」
「ロイド、さっさと作戦会議だ」
「早っ、軽っ、チョロっ」
おっさんの顔が一瞬で漢になった。
いつもこんな顔をしていればもっと女にモテるだろうに、と思うがあえて指摘はしてやらない。
「吸血鬼の弱点は当然日光だ」
「あっ、あいつ人間と吸血鬼の混血らしいです。だから陽の光も大丈夫らしいっすよ」
出鼻を挫かれて漢の顔が一瞬で情けなくなった。
「なんだよそれ無敵かよ」
「その分力は純血と比べると落ちてるらしいっすけどね」
おっさんはそれを聞くと、咥え煙草で腕を組み、顎髭をいじりながらブツブツと考え出した。
「……だったらやりようはあるか?まぁあと他の弱点は火だ」
「……火っすか?」
お互いに同じ調子に灰を落として豆茶を啜る。
「あぁ。うまい具合に行けばお前の腕力で解決出来るのかもしれんがな。どうせのらりくらりと躱されたんだろう?」
おっさんは左腕を食台に置き、呆れた様にそう呟いた。
「なんでわかったんですか?」
「お前が単純馬鹿だからだ」
「酷いです」
フゥッと紫煙を顔面に吹きかけられた。
顰めっ面をすると面白かったのか、ニヤリとニヒルに笑われてしまった。
「だったら戦ってる時も頭を働かせろ。話を戻すぞ。吸血鬼は火に弱い。霧みたいになっても火で焼く事が出来るらしい」
「……らしい?」
「お師匠様からの受け売りだ。実際は戦った事が無いからわからん」
「……頼りない」
「うるせぇよ。とにかくだ、結論はお前が敵を引きつけて俺が火達磨にする。奴が逃げる前に太陽を落としときゃ多分死ぬだろ」
なんだかんだ言って頭だけではなく、力も貸してくれるらしい。
頼りになるが、何となく悔しいから何も言わない。
ひょっとしたら、それすらも見透かされているかもしれないが。
「あぁ、ちなみに殺さなくても、最低閣下の領地から追い出せば良いらしいです」
「そか、ならナンボか楽かもな。うまく行けば説得で解決するかもな」
「うまくいきますかね?」
ズズッ、と最後の一口を啜り煙草をねじりけした。
「そこをどうにかするのが仕事だろうが」
ジャラジャラと、食台の上に豆茶の代金を置いておく。
「ごもっともで」
そう言って互いに席を立ちあがり、店の出口に向かって歩き出す。
「おーい兄ちゃんら、お代足んねーぞー!」
老人らしからぬ力強い声を背中に受け、締まらねぇよな、と溜息を一つ吐いて少し多めに金を放った。
「……不味かったな」
「……ですよね」