依頼の受諾、仲間の協力
先週お休みしましたので、もう一話投稿します。
「依頼だ」
唐突に、本当に唐突に呼び出されてからの第一声がこれである。
場所は閣下の執務室。
いつもの様に机に向かって書類作成機となっている閣下の前で、俺は絶賛不貞腐れ中であった。
「……どんなです?」
これから嫁さんと一戦交える直前に呼び出されたのだから、多少冷たい口調になってしまうのは仕方がないと思う。
「吸血鬼退治」
そんな俺を歯牙にもかけず、淡々と書類を書いていた閣下は、此方をチラリとも見ずに答えた。
「……マジですか」
面倒な事になったと思った。
この前の戦いはほぼ俺の負けであったと思う。
決定的なダメージを与えることもできず、良いようにやられた。
「取り逃がしたらしいな」
雰囲気に出ていたのだろうか、わざわざ閣下は傷を抉ってきた。
間違いなく、確信犯だろう。
「兄貴から聞いたんですね」
頭に嫁煩悩な兄貴の顔が浮かぶ。
閣下にチクったのは間違いなく兄貴だ。
だが閣下は俺達の想像の軽く上を行く。
「聞かなくても知っている。私の足元で何が起きているのか位はな」
「こわっ」
流石は百戦錬磨のウォルグリーン侯爵だ。
この人に隙は無いらしい。
「依頼人は私とレイドの奴だ」
「……はっ?」
思わず変な声がでた。
「レイドの奴、最近失敗が多くてな」
「はぁ」
更に気の抜けた声が出る。
「あの吸血鬼が居ると気が気じゃ無いらしい」
「あぁ、そう言う事ですね」
閣下はパタリと筆を置き、机の端にある鈴を二度鳴らした。
その直後、扉を叩く音が室内に響き、「失礼致します」の声と共に家令が室内に入ってきた。
手に持たれた盆の上には葉巻と豆茶が二つ。
葉巻と豆茶一つを閣下の執務机に置き、もう一つは応接用の食台の上に置かれた。
閣下が呼んでから僅か三十秒の早業。
閣下の行動を予測して待ち構えていたのだろう。
凄いと思うし、怖いとも思う。
「部下の心配事位は取り除いてやらんとな。お前も兄夫婦に関する事なんだから協力しろ」
そう言って葉巻を咥えて火を点ける。
目一杯に口に含んだ紫煙を室内に撒き散らすと、豆茶に口をつけた。
「わかりました。依頼の達成要件は奴を殺す事ですか?」
閣下に倣って豆茶に口をつける。
流石は侯爵家、安定の美味さだと思った。
「生死は問わない。生きていてもこの領地で問題を起こさなければそれで良い」
「寛大な処置で」
意外だと思った。
閣下ならばもっと徹底的にやるかと思ったが、今回は随分と甘い。
「一層の事、私の下に着いてくれれば一番良いのだがな」
「閣下らしいです。依頼の件、承りました」
意外でも何でもなかった。
徹底的な合理主義だ。
しかし吸血鬼を仲間に引き入れようとするとは、流石に豪胆だ。
「頼んだぞ」
「はい。……所で一つ聞いても良いですか?」
「なんだ?」
「どっかの宗教で、光魔法を極めた教皇の息子って知ってます?」
ふとあの男の言葉が思い浮かんだ。
俺に似ているという男。
きっと会うことはないのだろうが、何となく引っかかるものがあった。
紫煙の向こう側で、閣下は暫く考える様にこめかみに右手の親指を当てていた。
眉間にシワがよっているが、おそらくは不機嫌なのではなく、単純に面倒臭いのだろう。
そしてたとえ面倒臭くても、この人はきっちりと答えてくれる。
「妙な事に興味を持ったな」
「興味、というにはちょっと違いますがね」
そう言って豆茶で唇を湿らす。
煙草を吸いたいが、閣下が葉巻を吸い終わるまでは控えていたほうが良いだろう。
きっとこの人は、葉巻の香りと豆茶の相性まで計算に入れているだろうから。
「そうか。まぁ、お前が何に興味を持っているかなどどうでも良いがな。心当たりはあるぞ」
「さっすがは閣下。どんな奴です?」
「……その男が属している宗教はギャマルと呼ばれる国の宗教だ。ギャマルを中心に周辺諸国にも信者がいる」
聞いたことのない国の名前が出てきたが、あえてそこには触れない。
きっと一般常識なのだろうから。
「へぇ、なかなかデカイんですね」
「あぁ、今から三十年前に急速に勢力を拡大した」
「……どうやってです?」
「武力蜂起して悪政をしていたギャマルの先代国王を殺した」
「そりゃまた大胆で……」
武力を持った宗教団体なんぞロクでもなさそうだ。
「その時の中心人物が今の教皇だな。奴とは面識はあるし、その息子とも面識がある」
「へぇ、どんな奴です?」
「嘘くさい奴だよ」
閣下はそう言って苦笑いを浮かべた。
しかし浮かべたのが苦笑いでも、何となく不快には思っていない様に見える。
ひょっとしたら親交があるのかもしれない。
「嘘くさい……あぁ、なんかわかります。宗教ってなんか嘘くさいですもんね」
「それはお前の先入観だろうが」
「すみません」
葉巻でビシッと指されてしまったので素直に謝っておく。
「奴の事を嘘くさいと言ったのは、常に笑っているからだ。口元だけな」
「あぁ、確かにそりゃ嘘くさい」
「ついでに私達がいない所では口調が変わるらしい。まるでならず者の様だとな」
流石は閣下、裏情報までも十分に精通しているらしい。
だがしかし、疑問が一つ。
「……閣下はどこでその情報を?」
「奴らの上層部に私の部下が居るからだ」
「……こわっ。流石人材収集家」
「ロクでも無い所の情報は常に入手できる様にしておかなければな」
閣下はそう言って、人差し指で葉巻をトンと叩き灰皿に灰を落とした。
「……つまりは其奴らはヤバイと」
「昔は真っ当な宗教だったのだがな。今となっては一国を相手取るよりも厄介かもしれん。上層部は私腹を肥やし狂信者達が私兵となっている。つくづく我が国の国教でなくてよかったと思うよ」
「うわー、その国の王様大変ですね」
「まぁさっき言った教皇の息子と国王が結託して、裏で動いている様だがな」
教皇の息子が動いている、と言う事はその教皇の息子は案外まともなのかもしれない。
口調が変わるのは意味がわからないが。
「わかりました。ありがとうございます」
そう言って席を立ち、一礼して出口へと向かう。
「今度は奴等と事を構えるつもりか?」
そう背中に向かって投げかけられた。
きっと心配してくれているのだろう。
「今の所はその予定はありませんよ。本当にただ気になっただけなんで」
少しだけ振り返り答えると、閣下は一つ溜息を吐き、葉巻を灰皿で捻り消した。
頼むから面倒事は起こすなよ?と言われた気がした。