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「さっすが青鬼。お前本当に人間か?」
おっさんは苦笑いをしながらそんな事を言ってきた。
黒鬼人との戦闘を見て興奮でもしたのか、少し汗をかいている様子で、袖で額の汗を拭っていた。
「失礼ですねー。ちゃんと人間っすよー」
意図的に、少し戯けて言い返す。
まだ先ほどの戦闘のせいで、気が高ぶっていた。
気をしずめるためにも、あえて明るく、何でもないことのように受け答えた。
「本当かよ?」
おっさんが胡散臭そうに言ってきた。
非常に心外である。
「この通り、ツノもついてませんって」
「ツノどっかに忘れてきたんじゃねえの?お前が人間って説得力ねぇよ」
随分な言われ様な気がする。
「何でですか?」
「普通の人間は鬼と殴り合ったりしねーよ」
そりゃそうだ。
でも、だからと言って人を人外呼ばわりは如何なものかと思う。
「そもそも殴り合ってませんって。俺殆ど蹴ってましたし」
「アホか。そーゆー問題じゃねーだろーが。あれか?脳筋はやっぱりちょっとずれてんのか?」
「酷い」
馬鹿は生まれつきだ。
脳味噌は全部兄貴に持って行かれてるから。
「知ったことか」
やっぱり随分な言われ様である。
さっきの戦いは、後衛のおっさんには少し刺激が強過ぎただろうか。
でも多分死んだ親父もあんな感じで殴り合ってそうだが……。
そんなことよりも。
「これどーします?」
「よろしく」
「……俺一人で持ち帰れってことっすか?」
だんだんと俺の扱い方がぞんざいになってきている気がする。
「俺が肉体労働出来るとでも思ってんの?明らかにお前の役割だろうが」
そりゃあ細身のおっさんには無理だろう。
そもそもが、強化をしていないただの筋肉達磨でも一人で持ち帰ることは出来ないだろう。
でも、たがらといって
「……だって面倒臭いですって」
「高く売れんだから全部持って帰らねぇと勿体無いだろうが」
「……そうだ!素材の剥ぎ取りとかはしないんですか?!」
「こんなかったいのどうやって剥ぐんだよ」
「…………」
「お前にできるのか?」
「…………出来ません」
「じゃあよろしく。ちゃんと豆茶作ってやるから」
数度やり取りした後、結局道中の豆茶5杯で買収されてしまった。
帰りの道中、野営中に豆茶と煙草で一服いれている時の話である。
日中の激戦がまるで嘘のように辺りは静まり返っていた。
俺は大木にぐでっと凭れかかって、ぼけっとしていた。
そんな時におっさんは倒木に腰掛けた体勢で、右手の人差し指と中指で挟んだ煙草で、俺の右腕を指し示しながら興味深そうに呟いた。
「それにしてもお前の右腕、よくあの短時間で治ったな」
バキバキに折れていた右腕は、大体体感で1分程度で治療が完了していた。
毎回の事ではあるが、自動回復していく様は映像の逆再生の様であり、回復していく時のなんとも言えない感触のせいで未だに慣れることがなかった。
「治らないと困りますから」
唐突な質問に適当に返事をしてみると、
「いや、意味わかんねーよ」
割と真面目な声で突っ込まれてしまった。
冗談を言い合う気は無かったらしい。
「冗談ですって。あ、今溜息つきましたね?」
「つきたくもなるわ」
適当な受け答えはこの程度にしておこう。
「まぁ、そんだけ使い込んでるってことです。まだまだ未熟ですけどね」
目指すは数秒で完治まで持っていきたい。
万が一内臓に大怪我を負った場合、数分もかかっていたらその間に死んでしまう。
まだまだ先は長いな、と思いながら豆茶を一口啜と、独特な苦味が口の中に広がった。
できれば砂糖の様な甘味料があれば文句はないのだが、この様な状況で贅沢も言えるわけがなかった。
(早くブラックが美味いと感じれる様になりてーよなー)
そんな取り留めのない事を考えていると、おっさんが重ねて質問をしてきた。
「……魔力が今までで尽きかけたことは?」
「一応丸一日使い続けてたら尽きますよ」
「……ものスゲェ魔力量だな」
「いや、そーでもないですよ。元々自動回復も筋力増強も身体硬化もそれ程魔力を使うもんでもないですし」
流石に子供の頃から毎日鍛えていれば、この程度出来るのではなかろうか。
そう思って答えてみたのだが、返ってきた言葉は意外な物だった。
「いやいや、黒鬼人を蹴り殺せるくらいの強化ってなると普通の奴は10分ももたねーよ。ついでに言うとあの状況で集中力が続く奴もな」
ということは俺は余程異常なのだろうか。
人よりは多少頑丈で多少魔力が強いと思っていたが、少しばかり違ったらしい。
「……考えたこともなかった」
「……脳筋」
「……今心の底から自覚しましたよ」
俺には妙な所で常識がないらしい。
若しくは基準が他人と違うのか。
どちらにしろ俺は少しばかりおかしいらしい。
紫煙と共に、深い溜息をこぼしたのだった。