ほっと一息、ぐったり昼下がり
目が醒めると寝台の上だった。
意識が飛んだ後、兄貴が閣下に無理言って騎士を数人借りてきたらしい。
その騎士達に担がれて帰ってきた。
何故兄貴が俺達がいる場所がわかったのか。
義姉さんは愛の力だとかくだらない事を言っていた。
実態はわからない。
なにわともあれ、だ。
「あー疲れた」
「お疲れ様、ロイドちゃん」
皆、無事で何よりだ。
義姉さんが労いの言葉を言いながら豆茶を持ってきた。
香ばしい香りが室内を満たす。
嗅ぎ慣れた匂いにホッと一息ついて、ありがたく頂く。
「いやいや、気にしなくていいから」
軽く手を振り少し暗い義姉さんを励ます。
それでもやはり気にしている様だ。
義姉さんの魅力と言ってもいい、いつものハツラツとした明るさが無い。
「でも私のせいで」
「いや、義姉さんのせいじゃ無いから。あの変態のせいだから」
そう言って豆茶を一口啜る。
流石、美味い。
そう思っているとガチャリと扉が開く音がした。
中に入ってきたのはコーネリアだった。
「おはようロイドちゃん」
「だからちゃん付けはやめろって」
出会い頭で茶化された。
おかげで少しは部屋の中の空気が明るくなった気がした。
「おや?奇遇だね」
「……殴っていい?」
兄貴の家を出て広場の長椅子にもたれて煙草をふかしていると、ありえない奴と出会った。
昨日の吸血鬼。
……何でこいつがここにいる?
相変わらず態度が軽い。
「殴っていいと聞かれていいと言う奴はきっと頭がおかしいと思う」
相変わらずの飄々とした風に、至極真っ当な事を言われてしまった。
それは置いといて、だ。
「なんでテメェがここにいるんだよ」
「……何か不都合でも?私だってたまには街に出る。甘味処巡りにね。この街は人間含め美味い物が多くてな」
男はそう言って、手に持っていたやたらと甘そうな、ゴテゴテとした菓子を口に放り込んだ。
「いやお前が甘党とか知らんが、そもそも日光は大丈夫なのかよ」
普通は吸血鬼は日光を嫌うはずだ。
日光を浴びれば火傷、終いには灰になる。
しかし男は何事もなく立っている。
苦しそうな気配もない。
「私は半端者だと言っただろう」
「だから半端者って何?」
「混血だ。人間と吸血鬼のな」
そう言ってまた、ゴテゴテとした菓子を口に放り込んだ。
「……は?」
意外な言葉を聞いて、随分と間抜けな声を上げてしまった。
……混血なんて本当に出来るのか?
「混血だから日光に当たっても問題無い。その代わり純血と比べると弱いがな」
「……人間と吸血鬼の間に子供ができるのかよ」
「現に此処に証拠としているではないか」
「……頭痛くなってきた」
「頭が悪いのでは?」
「うるせぇよ本当の事言ってんじゃねぇ」
そう言って、当てる気もなく拳を繰り出す。
ひらりと躱されてしまった。
「現実はしっかりと受け止めねばな。死んだ父も頭は柔らかくしろと小言を言っていたぞ」
「……なんだ、吸血鬼でも死ぬ事があるんだな」
意外だと思った。
最強に強い化け物の一種である吸血鬼でも、何かに負ける事があるのかと。
「父は人間だが?」
「まさかの母ちゃんが吸血鬼かよ!」
予想外だ。
吸血鬼は男であるという先入観に踊らされてしまった。
……そりゃあ女の吸血鬼もいるわな。
「一目惚れらしいぞ。血を吸おうとしてそのまま押し倒したと」
「知らねぇよ聞きたくもねぇよ!」
何も聞いていないのに自分から両親の馴れ初めを暴露してきやがった。
案外話し好きで、出会いがあんな形でなければ気があったのかもしれない。
「さっきからうるさいな。静かにできないのか」
「何?俺が全部悪い感じになってる?」
馬鹿にされている?
「いや、だから悪いのは頭だろう」
やっぱり馬鹿にされている。
「テメェ十字架に貼り付けるぞこの野郎」
「……何故十字架?」
「……十字架効かねーのな」
異世界は常識が通用しない。
「……だからなんの話しだ?」
「俺の前世の話しだ」
「……妙な事を言う奴だな。頭悪いのに色々考えると余計に悪くなるぞ」
「よし、殺す」
そう言って顔面に紫煙を吹きかけると、迷惑そうな顔をされた。
ザマァみろ。
「面倒事は御免だな。さらばだ」
そう言うと男はスルスルと雑踏に紛れていった。
「あっ!おい!待ちやがれ!」
後を追いかけようとしたが、人影に紛れて見失ってしまった。
……一体何だったんだ。