化け物の死闘、拍子抜けな激闘
ぼたぼとびちゃっ。
びったんっ、びたん。
ぷしゅっ、びしゃっ。
音を立てて地面が血に染まっていく。
激痛、目眩、朦朧。
貧血で意識が遠のき、痛みがギリギリの所で意識を縫い付けている。
男の攻撃。
全ての影が凶器となる、特殊で、悪趣味な攻撃。
どうにか即死は免れたが、普通ならば致命傷になってもおかしくない程、全身を切り刻まれた。
がふっ、げぼぁっ、びたん。
変な音を立てながら口からどす黒い血が地面を濡らす。
体は青白い光に包まれて、せわしなく、急ピッチで傷を塞ぎにかかっている。
スゥゥゥゥゥ、ハァァァァァァ。
一通り血を吐いた所で深呼吸。
足元で、じゃりっ、と音。
強い目眩がして少しよろけてしまった。
一度に血を流し過ぎたらしい。
今すぐ帰って横になりたい。
煙草吸って、コーネリアに膝枕してもらって、微睡んで、適当な所で意識を飛ばしたい。
目の前の人外が、それを許してくれるならば、だが。
「……生きているか。本当に人間では無いみたいだ」
男が感心したように呟く。
力の入らない足で無理矢理踏ん張って、男を睨みつけた。
しかし男は睨みつけられても何処吹く風というように飄々としている。
「……テメェこの野郎。……危うく死にかける所だったじゃねぇかよ」
ヤり合っているのだから当然の事なのだが、だからといって許せるわけもない。
男は視線も声も全て無視して、何事かをぶつぶつと呟いている。
そして考えが纏まったのか、急に顔をこちらに向けた。
「信じがたい事だが、純粋に極めた光魔法と痛みに抗う精神力で不死身を維持してるようだな」
俺をズタボロにした張本人がそう呟く。
思わず知ったことかと思った。
「……だったらどうするよ」
一通り傷は塞がったようだ。
軽く体を動かして、動作に不具合がないかを確認した。
軽く首を回すと軽い目眩。
……うっし、問題なしだ。
「別に。昨年出会った風変わりな男に似ているなと思っただけだ」
「はぁ?」
思いの外間抜けな声が出てしまった。
この状況で他の事を考えていただと?
……俺のことなんざ、眼中にないってかい?
「お前と同じで光魔法を極めた男だ。ある宗教の教皇の息子でな。次期教皇候補らしい」
「……んで?」
「何がだ?」
「オチは?」
「そんなものは無い。何故お前は話にオチをつけたがる?」
「そいつはすいませんねぇ!」
不意打ちで雑に殴りかかる。
予想通り霞になって当たらない。
そのまま確認もせずに背後に向かってティフリギ、所謂後ろ回し蹴り。
「むっ⁈」
右足の踵に手応えアリ。
右足の踵が男の側頭部に触れる直前で、男の右腕に防がれていた。
防がれたが、当たった。
……ひょっとして。
「あれか!攻撃中はふわってなれねえってやつか!」
男が右腕に力を入れて俺を弾き飛ばして距離をとる。
御構い無しに地面を蹴り上げて土砂を浴びせる。
霞になって土砂を避けられた。
今度は速さ重視で背後に向かって左の肘打ち。
ごりっ、という鈍い音と手応え。
ほくそ笑んで後ろを見ると、男が三歩ほど離れた場所で脇腹を押さえていた。
「……何故わかった?」
初めて男が苦しげに口を開いた。
「王道だボケェ!」
あえて満面の笑みで答えてやった。
「……性悪め」
あぁそうかい。性悪上等だよバカヤロウ。
「妊婦連れ去りやがったテメェ程じゃねぇよ!」
ピジッ、と擬音が聞こえてきそうな程、急激に男が固まった。
「……ん?……妊婦?……なんだそいつは妊娠しているのか」
男は戸惑っている様だった。
……ひょっとして、こいつは義姉さんが妊婦だとは気付かなかったのか?
まぁ確かに臨月でもなければ腹の膨らみなんて服の上からだとわからないもんだが。
「……だったらどうするよ?」
固まって呆けていた吸血鬼は、一度深く深呼吸をして自分の顔をバシバシと叩き出した。
その姿はまるで、まるで自分を責めている様だった。
一頻り顔を叩いてしまうと、そこから覗いたのは男の酷く醒めた目であった。
「妊婦の血は吸わん。不味いからな。女、体は大事にしないといけないぞ」
「連れ去っといて何言ってんだ⁈」
それっぽい事を言って有耶無耶にしようとしているが、結局はテメェが最初にチョッカイを出してきたんだろうがと思った。
ひょっとしたら醒めた目は、自分の早とちりを誤魔化すためのものだったのかもしれない。
「……ではな」
「あっ、テメェ!」
ぽつりと男がそう言うと、サラサラと灰が舞う様に、男の体が霞になって消えていった。
……何だったんだよ。
思わず力が抜けて、がくりと片膝をついてしまう。
……流石に自分勝手過ぎるだろうが。
あまりにも理不尽で身勝手で唐突な吸血鬼に、体だけでなく心も削り取られていたらしい。
男の霞の最後の塊が消えた瞬間、後を追う様に俺の意識もすうっ、と飛んでいった。