表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/115

不死身の青鬼、不死身の吸血鬼


動物の声も、虫の鳴き声も聞こえない程に音が消えた場所で、月明かりに照らされた男は両腕を広げてユラユラと揺れていた。

その仕草がやけに芝居がかっていて、まるで此奴に遊ばれているような気がして腹が立つ。

ぺっ、と口の中に溜まった血痰を吐き出し、詰まった鼻血をふんっ、と吹き飛ばして左手で拭う。

首を二回、ごきりと鳴らして右足を後ろに引き軽く腰を落とした。


「……何故死なない?」


男が心底不思議そうに聞いてきた。

それに対して、お互い様だと思った。


「……そりゃこっちの台詞だ」


殴っても、蹴っても、全く手応えがない。

それどころか、攻撃が全てすり抜ける。

幻影ということはないだろう。

実際に男の攻撃を防御した時は衝撃もあったし、痛みもあった。


「……まさか私と同類か?」


男がまさかといった顔で尋ねてきた。

芝居がかった仕草はそのままに、だんだんと感情が出やすくなってきている。


「ンな訳ねぇだろうが」


溜息を一つ吐いて睨みつける。

勝手に吸血鬼にしてんじゃねぇよ、と思った。


「じゃあ何故死なない」


男が首をカクンと左に傾けて、問い詰めてくる。

何と無く、相手の空気に飲まれそうになっている気がした。


「さてね、教えてやる義理はねぇな。お前こそなんで死なないんだよ」


いつでも動き出せるように重心は落としたまま、胸元を探る。

手に触れた感触に、無事だったかと思い安堵した。


「それこそ答える義理は無いな」


胸元から煙草を一本取り出し、咥えて火を点ける。

相手の空気に飲まれないように、少しでも自分の調子というものを取り戻したかった。

意識していつもより深く、強く紫煙を吸い込む。

紫煙が口と肺を満たす感覚に、何処と無くしっくりくるものがあった。


「あっそ、可愛げがねぇなぁ」


紫煙を吐き出し、咥え煙草のままそう言いうと、落ちていた大きめの石を拾って投げつける。

男は避けようともせず、石が男の体を通り抜けた。

石が男の体に触れた瞬間、その場所だけ霞の様になっていた、気がする。


「お前は吸血鬼に可愛げを求めるのか?」


男が一歩近づきながら尋ねてきた。

相変わらず両腕は広げたままだ。

まるで攻撃してこいと言わんばかりで、完全に挑発されている。


「半端者なんだろ?ていうか真面目に返さないでくれる?」


が、敢えてここは挑発には乗らずに、男の行動を待つ事にした。

先程からこっちから攻撃を仕掛けてはカウンターを貰っていた。

ならば今度は攻撃を受けてやろうじゃないかと、両足を前後に広げて腰を落とし、いつでも動ける様に身構える。


「……変な奴だな」


ちょっと頭にきた。

堪忍袋の尾は簡単に引きちぎれるらしい。


「うわー、女の生き血を啜る奴に変って言われちまったよこんちくしょう!」


初めの一歩でトップスピードにのり、二歩目で前に飛んで抜き手を放つ。


「危ないな」


頭に当たったと思った瞬間、またしても頭が霞の様になってすり抜けてしまった。


「避けんじゃねぇよ!」


着地した瞬間に背後からヌルリとした気配。


「その言葉をそっくりそのまま返そう」


男の抜き手が迫る。


「返品不可だこの野郎!」


全力で振り向き左手でいなそうとするが完璧にはいかず、少し左の掌の肉と右の肩の肉を持っていかれた。

食いしばった歯に挟まれた煙草がミシリと音を立てた。

バックステップで距離を取るついでに、足元の石を男に向けて蹴り上げる。

ぶつかって隙ができれば儲けものだ。

しかし男は向かって来ずにその場に留まっている。

さっきからこの繰り返し。

攻撃をスカされてカウンターをもらいかける。

しかし男の攻撃は散発的で、深追いをしようとしない。

だからこそ俺は倒れる事なく、この男と対峙出来ていた。


「大体少し血を貰うだけで、死んだり従えたりするわけでは無いのだがな」


「えっ?そうなの?」


男の言葉に思わず声が出てしまう。

吸血鬼といえば血を吸った者を眷属に出来るとか出来ないとか。

それなのに何も無いとはこれいかに。


「だから言ったろう。私は半端者だと。ほんの少し首に噛み付いて、血を飲んで終いだ。舐めれば傷跡も残らない」


少し拍子抜けしてしまったが、だからと言って義理とはいえ家族を差し出す気にもなれやしない。

そんな事を考えていたら、思わぬ声が上がった。


「嫌よ!そんな事していいのはレイド君だけなんだから!」


まさかのカミングアウトである。


「……いや、兄貴の性癖を大声でバラされても」


固まっている。

皆が、固まっている。

男も、義姉さんも、当事者達が皆。

風に吹かれた紫煙だけがユラユラと揺れていた。


「……ロイドちゃん!言葉のあやだからね!」


「今の沈黙での所為で説得力が無いんですけどぉ⁈」


馬鹿なやり取りをしている隙をついて男が攻撃を仕掛けてきた。

フワリとした雰囲気の所為か、動きは然程速くは感じない。

実際は半端無く速いので、気を抜けばすぐさまやられそうではあるが。


今もまた、フワリと近づいて右の抜き手。


体をそらし避ける。


右の抜き手から左の抜き手、更に後ろ回し蹴りの連続攻撃。


思わずくらいそうになってしまったがギリギリの所で回避する。


奇襲が失敗したと見るや、またすぐに距離を取る。


……何故この男は、追い打ちをかけない?


さっきの霞になるやつを使えばどうとでもなるはずなのに。


「ふむ、私が思うに、お前はひょっとして人間の中でも強者なのか?」


男が今度は腕を組み、右手を顎にやって面倒臭そうにそう言い放った。

その芝居がかった仕草がやけに似合っていて、無性にぶん殴りたくなった。


「一応一番新しい化け物って呼ばれてるわ!」


一気に距離を縮めて正拳突きを放つが、またもや霞になってスカされる。

しかし今度男が現れた場所は少し離れた岩の上だった。


「そうか。では加減してお前とやり合うのは面倒臭いな」


そんな明らかに強者が弱者に対して使う台詞を、男は高い所から見下ろしながら言い放った。


「……は?」


ぶっ殺すぞ、という気持ち半分、何が起きるんだ?という不安半分。

何をされるのかわからない不安感が、俺の意志を上回ろうとしていた。


「とっとと終わらせるという事だ」


「……おいおいおい」


男が冷たく言い放った直後、月明かりに照らされた影が蠢いた。


小さい物は石ころの影。


大きい物だと岩や散発的に立っている木の影。


その影が渦を巻くように伸びて、俺の周りをグルグルと回っている。


「死ね」


次の瞬間、蠢いていた影が渦を巻きながら一斉に飛び出した。


地面から空に向かって、螺旋を描くように。


「だあっ!面倒くせー!冗談は程々にしやがれ!」


短くなった煙草の明かりは、伸びた影に切り取られて消えた。


漆黒の竜巻の中心で叫んだ声は、肉体を切り刻まれて出た叫び声に上塗りされていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ