ほっこり夕餉、緊迫の食材調達
「おめでとうございます、義姉さん」
「ありがとうロイドちゃん」
「ロイドちゃんはやめましょう」
「ロイドちゃんお肉取ってあげようか?」
「お前も義姉さんの真似してんじゃねーよ。後、お肉は山盛りで」
食卓には豪奢な食事が並んでいる。
どうやら食べつわりの義姉さんの為に、兄貴が行きつけの料理店で予約して、態々持ってきてもらったらしい。
その時にちょっとばかし、ウォルグリーン侯爵の秘蔵っ子という立場と青鬼の兄貴という立場を使って無理言ったらしい。
料理人が青い顔をして、口元を引きつらせているのが思い浮かぶ。
……御愁傷様。
兄貴は義姉さんの事となると見境がないのがたまに傷だと思う。
ニコニコと笑っている義姉さんと、その横で蒸留酒を舐めながら、少し雰囲気を柔らかくしている兄貴。
当たり前の事なのかもしれないが、あぁ、夫婦なんだな、と思った。
「お酒は?」
俺の分の肉を取り分けながらコーネリアが聞いてきた。
普段ならば喜んで飲むところだが、今日は自重しておこうと思った。
「今日はいいや」
俺の言葉を聞いた途端に、コーネリアが俺を驚いた顔で見返してきた。
兄貴や義姉さんも怪訝そうにこちらを見てくる。
きっとこいつらは、俺をアル中だと思っているのだろう。
「あら?どうしたの?」
「いや、酒飲んだら煙草吸いたくなるし」
「……吸えばいいんじゃない?」
コーネリアが不思議そうな顔をして、こちらを覗き込んできた。
その顔を見て、この世界には煙草は胎児に影響が出るなんて知られていないのだな、と思った。
実際の所はどうかわからないが。
前世と同じ様に影響があるかもしれないし、煙草の葉っぱが違う分、此方では影響は無いかもしれない。
だけれども、念の為にこの場は我慢しておこうと思う。
それに妊婦の前での喫煙は、前世の影響かなんとなく抵抗がある。
「……いや、ほら……妊娠したら匂いに敏感になるって言うだろ?」
上手い言い訳が思い浮かばず、前世の知識を無理矢理引っ張り出した所為で、何だか変な物言いになってしまった。
「……貴方からそんな言葉が出るなんて思わなかったわ」
何故か神妙そうな顔をして、コーネリアがそう言ってきた。
「お前は俺を馬鹿にしているだろう?」
そんな俺たちのやり取りを笑顔で見ながら、義姉さんは巨大な肉にかぶりついた。
「じゃあまたねー」
「またお邪魔します」
妊婦が居るのにあまり遅くなるのもいけないと言う事で、それなりに早く食事会はお開きとなった。
「じゃあな、兄貴。また今度」
珍しく兄貴も見送りに出張ってきた。
多分、気分がいいのだろう。
酒が入っている所為か、ほんのりと顔が赤い。
「あぁ、気をつけて帰れ」
「俺に勝てる奴が居るとでも?」
「勝てる奴は居ないかもしれないが、お前は面倒事を引き寄せる癖があるからな」
「兄貴ひでぇよ。それに癖っておかしくね?」
「いちいち細かい事を気にするな」
「まさか兄貴に言われるなんて!」
そうやって大袈裟にリアクションを取っている時だった。
明確な殺意があったわけでは無い。
悪意があったわけでは無かった。
「きゃっ!」
響いたのは義姉さんの悲鳴。
まさに一瞬の出来事。
ぬるりと黒い影が義姉さんを包んだ。
「アリス!」
「義姉さん⁈」
一瞬で、義姉さんが、消えた。
というか、連れ去られた⁈
何で⁈
「ロイド!」
兄貴の切迫した声が響く。
「兄貴とコーネリアは閣下かおっさんの所に逃げといて!」
テンパってる場合じゃねぇやな。
「頼んだぞ!」
当たり前だろう。
鬼と鬼ごっこして勝てると思うなよ?
「頼まれた!」
鬼の家族に手ェ出した事を後悔させてやる。