閣下の呼び出し、兄貴の告白
「先方には断りを入れておいた」
よく晴れた昼下がり、いつもの如く呼び出された俺は、相変わらず書類仕事に励む閣下の執務室で咥え煙草をしながらのんびりと寛いでいた。
この人の前ではかしこまろうともダラけようとも、あまり違いが無いのではないかと思う。
どうせこの人はそんな事を俺に求めていないし、期待もしていない。
求めたり期待する労力を仕事に向けた方が良いと思っているだろうし、この人が俺に期待しているのは実務の部分だ。
つまりは、俺は閣下の邪魔な奴らをど突いてさえいれば良いわけだ。
まぁ流石にある程度のTPOはわきまえるが。
ほんやりと登っていく紫煙を眺めながら、断りとは何だろうとおもった。
煙草の灰をとんっ、と落として豆茶を一口啜ると、ひょっとして結婚の事か、と思い至った。
「ありがとうございます。……大丈夫でした?」
そう言うと閣下は一瞬だけチラリと此方を見て、すぐに書類に目を戻した。
「ジークフリートの若造に擦りつけておいたから問題ない。あいつは愛妻家だからいらん事をしない様に言っておけ。でないとこの国を敵に回すと言っていた、とな」
それは脅しと言うのではないだろうか。
しかも俺の所為にしているし。
……まぁ、それで面倒臭い事が無くなれば別に良いけど。
それにしても、だ。
「なんかすんません。……所でジークフリートって誰ですか?」
そんな奴、知り合いにいたっけか?
そんな事を考えていると、今度は完全に書類から目線を外し、溜息を一つ吐き呆れた目で此方を見た。
「……だからお前はもう少し勉強しろ。この国の王様だろうが」
そう言ってまた一つ溜息を吐き、書類の傍らに置いてあった豆茶に口をつけた。
……この国の王様、……ってあの馬鹿殿のことだよな。
「えっ、あいつそんな立派な名前なんすか?」
……聞いたことあったっけ?
追い討ちをかけるように、閣下の特大の溜息がのしかかってきた。
「子供が出来た」
「はいぃ⁈」
出会い頭にこれである。
閣下の溜息の重圧に耐えきれず、早々に執務室を退出した所で兄貴に捕まった。
そして意味不明な台詞を聞かされた。
……忙しすぎてとうとう頭がおかしくなったか?
「まず言う事があるだろう」
「おめでとうございます」
幼少期からの訓練の賜物か、反射的に最適な解が出てきた。
どうやら嘘ではないらしい。
冷たい兄貴の顔が何処かににやけている。
冷酷なこの人でも、流石に身内の事となると嬉しいのだなと、何となくホッコリする。
「とうとうお前も叔父さんだな」
ホッコリとしていると、唐突にそう言われた。
嫌がらせのつもりだろうか。
もしくは自分から標的をそらす為にこんな事を言ったのだろう。
だとしても、叔父さんと言われると、何となくクルものがある。
……とうとうそんな歳になっちまったのか。
前世では子供や甥っ子姪っ子が居たかなんて全く覚えて居ない。
でも何となく、叔父さんと言われると懐かしく感じる自分がいる。
きっと前世でも、そう言われていたのだろう。
何となくしんみりしつつもしっくりきた。
「何と言うか……一気に年をくったきぶんです」
「と言うわけで明日は家に来い。食事会だ」
唐突にお食事のお誘いを受けてしまった。
兄貴は昔から思い立ったが吉日、みたいなところがある。
アリス義姉さんと結婚してから、より磨きがかかっているようだ。
「……何で?」
そう言うと兄貴は仕方が無さそうに、心から仕方が無さそうに溜息を一つ吐き、チラリと此方を見た。
案外照れ隠しなのかもしれない。
「アリスの希望だ。付き合ってくれ」
どうやら今回のアポ無し突撃は義姉さんの差し金の様だ。
……まぁ、義姉さんの頼みとあっちゃあ断れんわな。
そう思って兄貴には今回の申し出を了承した。
「了解です。……あぁ、うちの嫁さんも連れて行って良いんだよな?」
「当たり前だろう。家族なんだから」