変化した日常、変わらない仲間
「最近どうだ?ロイド=アームストロング名誉伯爵様よ」
意地悪侯爵が書類と格闘しながら、此方にちらりと視線を向けた。
それでも手は止まることはなく、ひたすらよくわからない物を書いている。
場所はいつもの侯爵邸。
ほとんど閣下の私兵になってしまった。
最後に冒険者ギルドに行ったのはいつだっけ?と思える程には、あちらには顔を出していない。
今日も閣下経由で受けた依頼の結果報告にの為にこの場所を訪れて、閣下の事務作業の邪魔をしている。
黙々と、淡々とペンを走らせる閣下はいつも通りだ。
中身が落書きだって言われても驚かねぇよな。……いや、仕事人間がガキの遊びをしていたらそりゃ驚くか。
そんなとりとめもない事を考えながら、自分の肩を軽く揉む。
「肩がこって仕方がないですね」
ついでに首を左右に倒してコキコキと関節を鳴らしてやると、閣下はニコリともせず溜息をついた。
「そもそもアームストロングってなんだ?」
横で煙草を吸っていたおっさんが問いかけてきた。
右手に煙草を持ち、左手で豆茶の入った椀を持って口に運ぶ。
そんなどうって事のない仕草が似合っており、相変わらず不健康そうなダンディさんだと思った。
「異国の言葉で腕っ節が強い人って事です」
そう言って力こぶを作ってみせる。
「……成る程、お前にぴったりだな」
案の定、苦笑いが返ってきた。
「でしょう?」
お返しにニヤリとニヒルな笑みを返してやると、ペンを走らせる音が鳴り止むと共に、閣下が横合いから話しかけてきた。
「ところで色々と話が来ているのだが?」
「何がです?」
「縁談だ」
意味がわからない、と思った。
閣下は真面目な表情のまま、両手を組んでじっとこっちを見ている。
もともと冗談を言う人ではなかったが、閣下の表情を見るとやはり冗談では無いのだなと思った。
だからこそ。
「嫁さんいるんすけど?」
と、素で返してしまった。
「貴族なんだから奥さんは数人居ても問題ない」
あぁ、そうだった。俺、貴族になったんだった。
貴族になった事は理解していたが、感覚的には家名がついただけであった。
やる事も大して変わってないし、夜会のお誘いも仕事だからと全て断っていた。
本音は面倒臭かっただけだが。
「いりません」
「周りの貴族が煩くなるぞ?」
何故だろうか。
俺みたいな奴と貴族のお上品なお嬢様が釣り合うわけも無く、また、お互いついていけないだろうに。
そこまでして俺と繋がりを持っていたいのだろうか。
面倒臭い。
俺は嫁さん以外に利用されるつもりは無いというのに。
「そんときゃ嫁さん連れてこの国から出ます」
たとえこの国が敵になったとしても。
まぁ、もし本当に敵になったら、あの馬鹿殿をどつきまわして土下座させてやるが。
「その辺にしときませんか?此奴、変な所で真面目なんで、本気で逃げますよ?」
咥え煙草のおっさんが口を挟んできた。
いつもの気怠げな、飄々とした笑顔。
苦笑いが近いかもしれない。
だが、目元は笑っていない。
ほんの少し、ゾクリとした。
何処と無く、閣下も気圧されている気がする。
「しかしだ」
「もしもの時は俺もロイドに付きますんで」
「……そうか」
溜息を吐いた閣下は、だらし無く座り直して葉巻を取り出した。
只管何かを書いていた書類も放り出している。
この人の職務放棄を初めて見た気がした。
部屋を退出した後、
「……助かりました」
そう言ってちょこんと頭を下げた。
「おう、今度奢れよ」
おっさんはそう言って、からかう様にニヤリと笑った。
目元もしっかりと笑っている。
その目を見ると、口には出さないが「気にすんな」と言われた気がした。
やっぱりこういう所は敵わないな、と思った。