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「グッ…………ギッ…………」
ミシミシと全身の筋肉が悲鳴をあげる。
全力のぶちかましで少しは体勢を崩せるかと思ったが見通しが甘かった。
互いの体がぶつかった瞬間、ひどく懐かしい感覚が襲ってきた。
十数年前の親父との訓練中、親父とぶつかったあの時、まるで大地に巨大な根を張る大木の様に親父はびくともしなかった。
そしてあの時の親父と同じく、黒鬼人を動かすことはできなかった。
違うのは一点だけ。
あの時は親父に跳ね返されたが、今は跳ね返されることなく、拮抗状態に持ち込むことができている。
力比べはほぼ互角。
重量がある分、黒鬼人の方が若干有利か。
互いに互いを睨みつけながら、肩を押し付け合い、どちらかが耐えきれずに、体制を崩すのを今か今かと待ち構えている。
(……このままじゃ埒があかない)
一瞬力を緩める。
黒鬼人が勢いあまり、前につんのめる。
相手の勢いを利用して左脇腹へ右フック。
分厚い金属をぶん殴ったような感触。
まだ足りない。さらに左フックを鳩尾へ一発。全く効いていない。
背筋が凍るような寒気、上半身を伏せる。
直後に頭上を丸太の様な腕が物凄い勢いで通過。
(あぶねー、でも……)
足元に隙あり。
右膝側面に向けて右のローキック、少し効いたか?
作戦変更。一旦バックステップで距離を取る。
黒鬼人が間髪入れずに掴みかかってくる。
円を描く様に避ける、避ける、避ける。
避けてはローキックを繰り返す。
少し右脚を気にするそぶりを見せだした。
そろそろ良いかもしれない。
黒鬼人の攻撃に合わせて、先程までよりもスピードを上げ、後ろに回り込む。
右膝裏を踏みつける様に蹴りを入れる。
チャンス、頭が下に落ちてきた。
後頭部と首の付け根に全力で左の上段回し蹴り。
若干の手応え、でもまだ油断できない。
続けざまに右、左のハイキックを叩き込む。
パキリと乾いた音。
もう少し、後一発。
「グッ…………」
悲鳴が出そうになるのを抑え込む。
黒鬼人の裏拳もどきによる突然の衝撃。
本日二度目の体がバラバラになるような痛み。
2.3度バウンドし、ゴロゴロと飛ばされる。
先ほどの場所より随分と吹き飛ばされたが、痛みをこらえて立ち上がる。
無意識のうちに防御していたらしい。右腕はぐちゃぐちゃで絶賛巻き戻し中。
あちこち痛いが幸い脚と体、左腕は折れていない。
黒鬼人も立ち上がり、こちらにゆっくりと歩みを進める。
唐突にしゃがんだかと思うと、ほぼ左脚のみでこちらに向かってジャンプしてきた。
(でもそれは悪手だよ)
空中で体勢を整えることはできない。
ほんの一歩前に進んで黒鬼人をやり過ごす。
俺のすぐ後ろに着地、右脚を傷めてるせいで体勢を崩し、膝をついている。
滅茶苦茶チャンス。
右足を大きく踏み込む。
狙いは首。
叩き込むのは左膝。
左手で頭を掴む。
左膝を大きく振り上げる。
ゾクッ、とまたもや悪寒。
またもや右の裏拳もどきが飛んでくる。
でも残念、こっちの方がちょっと早い。
左膝を叩き込むと同時にボキン!という音、と確かな手応え。
手を放して、一歩後ろへ下がる。
黒鬼人の巨体がゆっくりと、まるで土下座をする様に重力に従い前のめりに倒れていく。
「……っし、おしまい」
左手だけで煙草を取り出し、咥えて火をつける。
深く深呼吸、紫煙が肺を満たし、軽い目眩が襲う。
ゆっくりと吐き出すと、風に吹かれて煙が散らされていった。
(んー、やっぱり勝利の一服はたまらんな)
そういえば、と思っておっさんの方に目を向ける。
おっさんはこちらと目が合うと、少し引きつった笑顔で拍手を送ってきた。
「どーです?少しは楽しめましたかね?」
そんな軽口を叩きながら、再度紫煙で肺を満たした。