後悔を後に立てず・Aパート
『つまりさっきのは毒薬ではないがノッポが通販で面白半分に購入したあの有名(?)な媚薬であって、その効果を確認するために俺(と紬)を実験台にし、だがしかし効果時間が遅くてお前達はアレが偽者だったと油断し、その時に俺がお前達を見ていて、その所為で効果を発揮した媚薬の力で不本意にも俺はお前達に惚れちまった、と?』
話の要点をまとめなるべく簡潔にした俺の確認の文章に、確信犯五人は『YES』の一文で答えた。
「…………」
俺は呆れて机に突っ伏す。そのままうなだれ、教室の反対側で恐る恐る俺の様子を窺っている五人を睨んだ。―――この状況でも『あいつら綺麗だなあ』とか思う俺の頭を、今すぐどっかに叩きつけたい。
今は一時限目の国語が終わり休憩時間。あの後すぐにチャイムが鳴り教室に担任が入ってきたことで、違うクラスの佐々倉とノッポは自分の教室に戻ってしまい、俺は説明を訊く時間が無く席に着いた。
入学当初のままの席は男女混合の名前順になっており、どちらかといえば最初の方である蒼井、草薙、紬は武藤の苗字を持つ俺の席とは離れていて、授業中に話を聞くことは出来なかった。
そうして時間が経ち今、俺はこうして机の上でメールを使った会話であいつらに説明を聞いている。席が離れていたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。もしあいつらが俺に近付けば、俺はさっきみたいにどうにかしてしまう。
紬や蒼井さん、佐々倉ならまだしも、ノッポや勇紀までもが可愛く見えてしまうというのはどうにも納得がいかない。他が勇紀達をどう見ていようが、俺自身が納得できない。
『……それで、コレを戻す方法はあるんだろうな? 薬とか方法とか』
俺は一番訊きたい肝心な部分を書き送信ボタンを押す。それさえあればこんな妙なやり取りも終わる。
勇紀の携帯の着信音。勇紀達はそれを開き―――、
「……げ」
とりあえずそれなりに聴力の良い俺の耳が、ノッポのそんな声を聞いたのは間違いだと思いたい。
……間違いだと決め込み、俺はあいつらを信じて確認のメール。
『持ってる。よな?』
返事が返ってこず、俺は首をあいつらに向ける。 俺はノッポを信じているさ? 信じてるとも。あいつらだって一応れっきとした高校生だ。ちゃんと後の事を考えられる頭を持っている筈だ。―――だが。
「ア、アハハ……」
……そんなノッポの空笑い(ああ、ノッポの笑ってる顔もいいなあ)だけで、その状況を理解してしまうのはきっと俺だけじゃない筈。……今一瞬、変なこと思わなかったか、俺。
『……普通、こういうものには解薬を用意するものだと思わないか?』
『いやーなんかこれ面白そうだなってのは思ったんだけど先のことはあんまり……by茜』
その返事を見て俺は頭痛になりそうな頭を抱える。どうやらノッポは自分が面白いことしか考えず他のことは気にしない性格のようだ。分かってはいたが。
『ならば昼休みに図書室に置いてあるパソコンでも使って調べろ。迅速かつ適切な解決法を探し出せ。まさかそれを買った場所すら覚えていないとか言わないよな。だとしてもネットは無限という名の有限。隠れられる場所はない。なせばなる探せば見つかる。なんとしても今日中に見つけ出して報告しろ。……でないと、分かってるよな?』
脅威の速さで文字打ち、送信。いつもの絵文字、顔文字は使わない。そんなもの、無駄に圧力を減らすだけだ。
着いた文面を見てノッポも理解したのだろう。即行で帰ってきたメールには『了解、全力で頑張る』と簡潔に記されていた。
「……ハァ」
それを見た俺は今更ながらに四月上旬の出来事に感謝してみたりもした。余談であるが俺は生まれながらに目つきが悪い。だからその所為でケンカを売られるのはよくあることで、入学して一ヶ月経っていないその日も、それは繰り返された。
勇紀達との帰り道、すれ違いに目が合う上級生。ソレは立ち止まり、俺の肩を掴む。
目つきが悪いと、やっぱりソレに絡まれる俺。ああ、本当に可哀想な俺。
俺の周りにソレの仲間が群がり、俺を囲む(男女混合だ)。
蒼井さん達が上級生達を止めようとして、勇紀が止める。―――それが誰でもない自分達を助けるためだと、蒼井さん達は後で気付く。
無理遣りこじつけられる因縁、浴びせられる罵詈雑言。元々原形を留めていない日本語が混ざり合って、ついに宇宙人と交信できるレベルになった。おめでとうNASA。
めんどくさい(というか地球人である俺はこいつらとは交信せない)ので、何も言い返さず黙る俺は、ソイツらにとって格好の獲物でしかなく。
ついに弱者に向けて振り上げられた拳は、終ぞ振り下ろされることはなかった。
誰だって殴られるのは嫌いで、そんなものは俺も同じだ。―――だから、やられる前に、『や』ってやった。
……他人の話を聞けば、『ソレ』はまるで台風だったらしい。
剥がれた屋根のように吹き飛ぶ――達。
壁に打ち付けられ動かない人形みたいな――。
性別なんて関係ない。殴り合う気もない――が宙を舞い、『白!』だの『眼福だ!』などと叫ぶ輩もいたそうで。
残ったのは、息も切らさず佇む俺一人。
……『ソレ』はまるで台風だったと、怯えたノッポは言っていた。
◇
校内賑わう昼休み。気付いてないのか無意味だと分かっているのか、屋上に出る生徒は一人も居ない。……俺達を除いて。
「なんであいつらから媚薬の話を聞いた時に止めてくれなかったんですか。その所為で解薬が見つかるまでは俺こんな感じで過ごさなきゃいけなくなったじゃないですか」
「ホントゴメンね。でもいきなり『私この間通販で媚薬見つけたから買ったんだ!』って高らかに言いながら飴玉(っぽいもの)を見せられても、普通誰も信じないでしょ?」
「……まあ、確かに」
確かにそれは一理ある。『俺ツチノコ見つけたんだ!』と言いながら蛇(らしきもの)を見せられても、信じてもらえないどころか場合によっては病院を紹介されかねない。
「まあこれも君がむやみやたらに人から貰ったものを口に入れてしまった所為だと諦めなさい」
「……まったく、他人事だと思って」
そう言いながらも否定できない事に腹を立てて俺はさっき購買で買ったハムカツサンドを校内設置の自販機で買った炭酸飲料で流し込んだ。……むせる。
「あ、今ヤケ食いしたね? だめだよ、炭酸飲料を一気飲みなんて」
その俺の行動を注意するのはさっきから俺の話し相手になってくれている、あの中では一番普通な人である蒼井さんだった。
……いやまあ、確かに『あの中』ではまともな性格・言動なのだが、その、見えていない筈の俺の行動を読むのは何とかしてほしい。
屋上は俺と蒼井さん以外いつも誰も居ない。多分それは鍵が開いている事を誰も知らないからで、なのにそれを分かっていながら(もしくは分かっているからこそ)、俺達は階段上の小さなスペースによじ登り(もちろんハシゴでだが)、こうして隠れて静かな昼食を摂っている。
ちなみに今日は二人とも、給水塔を背にして反対側を向いている。理由はまああの薬の所為なわけで。どうやら薬の効果は、相手の顔を見なければ特に問題ないようだ。媚薬としては欠陥だろ、これ。
「……よく分かりましたね」
と、俺は無意味にさっきのことを訊く。いつもは平気な筈なのだが、あの薬の所為か蒼井さんと無言で過ごすのが妙に気まずい。
「そりゃあもう! ここには私と樹君しか居ない訳だし、暇なときはいつも君の行動を観察させてもらってるわけだしね」
……何故だろう。何か今、あまり好ましくない漢字を当てられた気がする。……気のせいか。
「……まあこっちとしては楽ですしね。うるさいの(主に勇気とノッポと佐々倉)はいないし、愚痴も聞いてもらえますし。なにより、俺はここが気に入ってます」
思ったままを俺は言う。ここでは学校の喧騒も薄れて、本当に同じ場所なのかと思うほど静かだ。そこでのんびり空を見ながら過ごすのは気持ちよく、まるで秘密基地のような自分だけの空間みたいで落ち着く。だから俺は、そんなここが大好きだ。
他のことは考えていない。―――自分の平穏を守る為に仕方なく来ていた前とは違って、今俺はここに居たいから居るのだ。
「……ふーん、なるほど」
と、なぜかその答えに蒼井さんは少し思案するような返事をする。? 俺なんか変なこと言ったか?
「―――おっと、そうそう。はい、これいつものです」
ついつい今日のごたごたの所為でいつもの日課を忘れていた。腰元に置いてあったビニール袋からそれを取り出し、蒼井さんに差し出……そうとしたが、直接は渡せないので、給水塔の外回りに沿って、そのアルミ製の筒型容器を転がす。
「あ、ありがとう。ほんと、いつもごめんね」
「別に構いませんよ。毎回俺の愚痴聞いてもらってるんですから、これはその相談料です。俺のけじめみたいなもんなんですから、出来れば受け取っておいてください」
「……最初は思いっきり下心見え見えだったけどね」
「……気付いてたんですか」
もちろん、と笑って、蒼井さんは俺から受け取ったコーヒー缶を開ける。自販機にズラリと並んでる炭酸やスポーツ飲料ではなく、学校で働く職員の為だけに自販機の片隅にひっそりと置かれた缶コーヒー(しかもブラック)だけを飲んでいるのが、同い年の癖に大人っぽくて蒼井さんらしかった。
「樹君ね、結構分かりやすい性格してるよ? それが分からないのは多分他の皆が鈍いだけだと思うけど。……ああ、でもやっぱり皆分かってはいるのかな。樹君が、そういう人間だって」
ぽつりと蒼井さんが言う。それは独り言のようで、俺には何のことだかよく分からなかった。
「そういう人間って、俺って一体どんな風に見えてるんですか? とりあえず俺はそこら辺(主に俺の周りの奴ら)よりはまともな人間を演じてきたつもりですが」
「…………」
と、蒼井さんは黙り込む。……給水塔の反対側に居るから顔は見えないのだが、なんかその、蒼井さんから変な視線的なものを感じるのは気のせいだろうか?
「……蒼井さん?」
少し、ほんの少しだけ身を乗り出して給水塔の反対側を見る。別に蒼井さんを確認するだけなのでチラッと見たら顔を戻せばいい。それならばあの薬も反応しない筈だ。多分。
「何してるんですか蒼井さん……ってあれ」
体を捩らせた俺はそのまま周りを見回す。さっきまで話していた蒼井さんが、そこには居なかった。
「樹君」
―――と、
「な!?」
いつの間にか俺の後ろに、蒼井さんが立っていた。