風のオーガと赤の賢者4
おびただしい死体の中で、その男は手足と胴を地の刃に貫かれ、絶命していた。
がっくりと膝をつき、レオは泣いた。
その男を失ったことと、救えなかった悔しさと、そして、終わることのない自分の運命を呪って。
黄色い一団が、森に隠れるように休んでいた。
皆一様に疲労困憊の体で、動く気力もないようだった。
それは、疲れからだけではないかもしれない。
誰の顔も一様に暗かった。
そこへ、足音が聞こえてきた。
ゆっくりと近づいてくる。
緊張が走る。
クラウダーが自分の剣を握りしめ、音の主を確かめに動いた。
そこへ現れたのは、つい先日、宴会に紛れ込んできた男、レオナルド・ラオシャスだった。
「あんた…」
「やあ…」
その背に、黄色い髪の男を背負っていた。
「…! オーガ…」
「せめて…、届けてやりたくて…。あんなところで朽ち果てさせるには、惜しい男だったから…」
「あんた…」
レオの顔に、涙の跡が薄く見て取れた。
「ありがとう…」
レオがオーガを下ろす。
「少し、綺麗にはしたんだが…。なかなか難しくてな」
オーガの体に開いた穴を、土くれで塞ぎ、それなりに綺麗にされていた。
服も簡単にだが直されていた。
「あんた…こんなことをして…いいのか?」
「…、俺は、男に惚れることは滅多にないんだ」
レオが薄く笑った。
「それに、俺に刃向える者が、いるとも思えないしな…」
レオの顔に一瞬できた翳りに、クラウダーは背筋が寒くなった。
そして思った。
この男だけは、怒らせてはならないと。
オードルの陣地に戻ると、国王のテントに押し入った。
報告に来ていた将軍らしき男が、こちらを軽くにらんだ。
そんなものには構っていられない。
国王を睨み付けると、少し怯えたように肩をすくめた。
「赤の賢者殿。このたびは助力頂き、大変に助かった」
「戯言はいい。話をしに来た」
「話? いまさら何の話があるというのだ?」
「報酬の話だ。まさかこのわしがタダで働くと思うたか」
金が絡むと聞いて、王の顔色が変わった。
「なんだと?! ミドル王国のよしみで加勢に来てくれたのでは…?!」
「そこそれなりの働きはしたのだ。もらう権利はあろう。ただし、ミドル王国のよしみだ。いつもよりは安く見積もってやる」
「なんだ、そういうことか」
安くなると聞いて安心したらしい。
「して? いかほどに?」
「5000万」
「なんだと?!」
「あの金色の餓狼を抑え込んだのはわしじゃ。その働きに見合う報酬はもらうぞ」
「そ、そんな、法外もいいところだ!」
「正規ならば1億じゃ」
「な、な、な…」
「貴様! たわけたことを!」
将軍が口を挟んできた。
「報酬の話、貴公には関係のない話かと思うが?」
「国を脅かす者を見逃すわけにはいかん」
「たかが5000で国が脅かされるのか? 小さい国じゃのう」
「黙れ! 愚弄が!」
「わしを愚弄と申すか?」
剣を抜きかけた将軍の動きが止まる。
「い、いつ…」
「たった今」
一瞬のうちに地の力で将軍の動きを封じた。
こんな筋肉野郎、動きを止めるなど簡単だ。
「さて、国王、払うのか? 払わんのか?」
「は、払えるわけがなかろうが! このたわけが!」
「ほう、俺にそんな口をきくか?」
途端、テントが炎に包まれた。
「な、なんだ?! 火事だ?!」
「わしが火をつけた」
「なんだと?!」
「払うのか? 払わんのか? 答え次第ではこのままテントが焼け落ちるぞ?」
「な、な、な…」
「俺の二つ名は聞いたことがあるだろう? あれの由来はな、掴んだら二度と放さんということから、牙とついたのだ。赤き炎の牙、つまり、紅蓮の牙だ」
国王はもう放つ言葉さえ失ってしまったようだった。
即金でなんとか集めさせた2000万リルの金と、その他もろもろを担いで空を飛ぶのは、やはり重かった。
残りは後日ミドル王国まで届くことになっている。
まあ来なかったら乗り込んでいくまでだが。
さすがに飛びっぱなしなのでかなり消耗しているが、あの一族の事だ。
下手に時間を空けると、また見失ってしまうかもしれない。
風の一族の気配を探りながら、飛び続けた。
先ほどより西に進んだ辺りで休んでいる一行が見えた。
驚かさないように少し離れた所に下り、森を進んだ。
「いや、近づいていることは分かっていたからな。別に気を使わんでも…」
「あ、そうね」
風の一族だ。それくらいお手の物だと忘れていた。
「とりあえず金と、その他食いもんを持ってきた。まともに食ってないだろ?」
「いいのか?」
「人の親切はとりあえず受け取っておけ」
ありがとうと受け取ると、早速みんなに配り始めた。
どうやらこの緑がかった髪の男が今指揮をとっているらしい。
「どれくらいかかるんだ?」
配り終わった男に聞いてみる。
「2、3日ってところか。なに、なんとかなる」
風の一族はみんな楽天家なのか?
「仕方ない。俺も今日は飛びっぱなしで疲れたし、ここで休むか」
「おいあんた…」
「休んでるだけだ。気にするな」
勝手に寝床を作って勝手に横になる。
緑がかった髪の男は、軽く溜息をついたが、それ以上は何も言わなかった。
夜の森は妖魔がうごめく。
決して安全ではない。
随時2人か3人見張りが立ち、辺りを警戒していた。
幸か不幸か、それほどに大きな妖魔は現れることはなかった。
そこそれなりのものは密かに炎にくべてやったりもしたが。
特に風の団の者達も何も言うこともなく、クラウダーと名乗った緑がかった髪の男も、人を見て苦笑いをするも、何も言わなかった。
「ああ、見えてきた」
少し小高い所から見えたのは、些末なテントのような家の並ぶ集落だった。
「ここまでくればもう大丈夫だ」
みんなの顔が明るくなった。
「そうか。なら俺も帰るかな」
「寄っては行かないのか?」
「俺にも、帰る場所があるんだ」
「そうか。なら、引き留められやしないな」
惜しむ風の者達に別れを告げ、空へと舞い上がる。
そう、帰るのだ。
ミドル王国へ。
数日後。
残りの3000万リルを携え、風の村を訪れたが、すでに村は移動したらしく、消え去ってしまっていた。
少し歩くと、墓があった。
土が盛り上がり、その上に目印となるように石が2つ置いてあった。
多分1つはオーガのものだろう。
ならばもう1つは…?
答えをくれる者は、誰もいなかった。
「オードルが友好条約を破棄すると言ってきましたよ」
「それは良かったな。あんな国と提携していたら、この国も腐ってしまう」
「余程気に食わなかったようですね」
「まあな」
幼いころから面倒を見てやった現ミドル王国国王は、人の顔を見て溜息をついた。
「まあ、あちらの新国王は、幼いころから気が合いませんでしたから、良かったのかもしれませんね」
「ああそうだ。よかったんだ」
「あんまり敵を増やさないで下さいよ」
「腐った物を側に置いておくとその周りの物も腐ってしまう。距離を置くことも大切じゃよ」
「まあそうなんですけどね」
もう一度溜息をついた。
「なんじゃい。溜息ばかりつきおって」
「国を任されているのですよ。あまり敵を作るわけにはいかないんです」
「わかっとるが…」
「いいんですよ。それを承知であなたを置いてるんですから」
「わしが敵ばかり作っていると?」
「違うんですか?」
「敵ばかりではないわい」
「それを補う味方も数多くいらっしゃいますけど、国政は好き嫌いで動けるものではないと、あなたが一番ご存じのはずでは?」
「…」
生意気を言うようになったものだ。
「まあとにかく、あなたが戻ってきてくれただけでも、良かったと思いますよ」
「わしが戻らんと思ったか?」
「あなたの事ですから。何も言わずに消えることがあってもおかしくありません」
「…」
わしの行動はそんなに単純なものだったかな?
「消えるときは必ず、私に一言くださいね。お願いしますよ」
「わかっとるわい。わしを国に置くような物好きはお前さんくらいしかおらんしな。立ち去るときは一声かける」
「…私だって、友人を失くすのは悲しいのですからね」
…
…
…
生意気を言うようになったものだ。
「また来ます」
と言って現国王は部屋を出て行った。
人の部屋を息抜きの場に使いおって。
まあ、別に、悪くはないのだけれども。
窓際に立ち、空を見上げる。
いつか、終わりが来るのだろうか?
それはいつのことになるのだろうか?
「シャオ、カイリ、ブルーマン…。すまん、まだ逝けない…」
あといくつの大切な人達の死を、自分は見続けて行かなければならないのだろう。
風に舞いあがった木の葉が、クルクルと回りながら、地面へと落ちていった。