風のオーガと赤の賢者2
二人の攻防は決着することなく、その場所を突破することのできないオードルが一旦退くこととなった。
日が暮れ、会議の間に集まる。
結局、最善と思われた手が通用しなかったことをネチネチと国王から言われることとなり、だったら今すぐここから脱してやるとも言えぬしがらみにキリキリとしつつ、次の仕掛けには自分は外されることとなったことを少し安堵していた。
オードルの国王は大昔の神話のような自分の武勇伝を、あまり信じてはいないようである。
まあ無理もないだろう。
100年も前に存在していた英雄が目の前にいるなどと、誰が信じられよう?
あまり細かいところに突っ込まれるのも嫌なので、そこそれなりに濁してしまったこともきっと不信を買っているところなのだろう。
長い会議もようやっと終わり、月が天頂に達しようとしていた。
そして、自分のテントに戻り、そっと付け髭を外し、辺りに気取られぬようにテントを出る。
そのまま、高速低飛行で敵陣地を目指した。
敵陣地の少し外れたところに、その集団はあった。
どうやら正式な兵士ではなく、傭兵団であるらしかった。
黄色い髪の者達が飲んで騒いで、なにやら楽しそうである。
そばの茂みからその様子を伺いながら、彼の姿を探していた。
黄色い髪の黄色い瞳。
四大精霊の加護を持つ者が持つ特有の色。
100年も探し続けて巡り合えなかった最後の一族。
風の一族。
その居場所は話を聞くほどにあちこちと変わり、まるで先回りして消えているのではないかと思えるほどに所在がつかめなかった。
それが今目の前にいる。
ドキドキとワクワクの入り混じる心を抑えつつ、どうやって接触してやろうと考えていたその時、
「何してんだ? じいさん」
(じいさん?!)
振り向くと、いつの間に来たのか、あの若者が立っていた。
というか、付け髭を外している自分をなぜじいさんと呼んだのか?
「あれ? じいさん? あれ? 髭がねえ? 剃った?」
ずかずかと人の顔を覗き込んでくる若者。
「てか? ん? じいさん? の気配だけど、あんたじいさん?」
今の自分はとてもじゃないが年寄りには見えない。
24、5の若者に見えているはずである。
というか、気配?
「お、俺はじいさんじゃない…」
「だよな? 髭がねえとじいさんに見えねーわ。なんで髭剃ったん?」
「いや、だからじいさんじゃなくて…」
「ん? じいさんに化けてたん? なんでそんなこと?」
「だからじいさんじゃないっつーに!」
「は? ああ、紅蓮の牙って呼んだ方がいいのか?」
「・・・・・・」
「どうした? じいさん」
「何故、俺が紅蓮の牙だと…?」
「え? いや、その気配は、さっきの戦場であったじいさんだろ?」
「・・・・・・」
どうやらわざわざ髭を取って変装してきた意味はないらしい…。
半ば強引に宴会の中に引っ張り込まれ、
「敵だとわかってるのに引っ張りこんでいいのか?!」
「それを言うなら敵陣地に一人でよく来れたな」
「・・・・・・」
「まあまあ、一杯」
と酌され、軽く口を付けた。
周りの者達もほぼ気にすることなく、ワイワイと楽しそうにやっている。
「あそこを守り切ったからな。すこし報奨金が上乗せされたんだ。ついでに酒も差し入れされてな。みんなほろ酔い気分だよ」
にっかりと若者が笑っていった。
「しかしじいさん強かったなぁ。あ、てかじいさんでいいのか? あんた名前は?」
「…レオナルド・ラオシャス。この名前の方が有名だと思うが」
「おお! 聞いたことあるぞ! 女に手の早い赤の賢者!!」
ずっこけた。
いや、まあ、その通りではあるかもしれないけれど…。
「俺はオーガ。この一団の団長みたいなことやってる」
「若いな」
「ま、ね。この一団では一番強い奴が上に立つ。それだけのこと」
「一番強いのか」
「ま、ね。一番強くて一番かっこいい」
「…それは人それぞれの基準が決めることだ」
「大丈夫。俺もてるから」
ちょっといらっとした。
「聞きたいことがあるんだが」
「だろうと思った。じゃなきゃこんなとこまでこねーよな」
「風の一族なんだろう?」
オーガが目を見張った。
やはりそうだったか。
「風の一族? そういやそんな話を聞いたことがあるようなないような…」
ずっこけた。
「いや、ちょっとまて! その髪の色!瞳の色! 風の加護を受けている証拠だろう!!」
「そんなこと言っても、俺たちの村じゃあ、黄色い髪と瞳なんてざらにいるぞ」
「世間にはざらにはいないわ!」
「え? そーなの?」
どうやら常識がかなりずれているらしい…。
簡単に他の精霊の加護を受けている者達のことを説明してやった。
「へ~、そんなのがいるのか~」
「お前もそうだって言ってるんだ」
「へ~、そうなのか~」
他人事だこいつ。
「ああ、でも、先代からそんな話は聞いたような気がするな~」
「先代?! 誰だ?! どこにいる?!」
「お空の上」
「・・・・・・」
すでにお亡くなりになっているらしい。
「それよりもさ~レオナルドさん?」
「レオでいい」
「レオさんよう、聞いてくれよ」
「なんだ?」
「俺さ、実はさ…」
「なんだ?」
「ガキができるんだ」
オーガの顔がニヘラ~とたるんだ。
気持ち悪い。
「ああ、その話させると長くなるぜ、あんた適当に逃げた方がいいぞ」
横にいた緑がかった髪の男が忠告してきた。
「そうしよう…」
「逃がすか―――!」
がっちりと捕まえられる。
「放せ! そっちの趣味はない!」
「俺だって男を抱く趣味はない!」
話にならん。
「聞いてくれよう。俺ガキができるんだよガキが」
「ああ、よかったな」
「いいだろう? かわいい男の子だぜ~?」
「生まれてないのに性別が分かるのか?」
「分かんねえの?」
「普通は分からん」
「普通に分かるぜ?」
話にならん。
「俺の嫁さんがさ~、これまためっちゃかわいいんだ~」
それから延々と、オーガの嫁さんと子供の話を聞く羽目になった…。