幼き日のサーガ
幼い頃のサーガのちょっとしたお話。こんなことがありました。
「降りてこい! サーガ!」
「あたしたちを馬鹿にして! 許さないわよ!」
「へっへ~んだ」
木の上からあかんべえをするサーガ。
「悔しかったらここまで来てみろ~い」
とお尻を出してペンペンをする。
「むきーーー!」
木の下では女の子達が喚いていた。
からかうように踊るサーガを見上げ、女の子たちは罵声を浴びせる。
「最低!」
「あんたなんかのカカルになんてなってやんないから!」
「絶対になってやらないからね!」
「そんなもんいらね~よ~」
とこれまたムカつくほどにあかんべえをする。
「ぼけ!」
「カス!」
「アホ!」
「ドチビ!」
散々悪態をつくと、女の子達はサーガを無視して行ってしまった。
木の上にサーガだけが残る。
「女なんてキャンキャン騒いでうるさいだけだ。カカルなんて頼まれたってお断りだい」
と器用に枝にゴロリと横になる。
「なんで女なんかのご機嫌取りなんかしなきゃなんねーんだ」
皆一人前になると戦場へ出る。そして女をあてがわれる、つまりカカルをあてがわれるのだが、嫌がる女をあてがわれるわけではなく、女が自ら側にいても良いという男を選ぶ。
カカルになるかならないかは、女次第だった。
つまりそういう女が現れなければ戦場に出られないということなのだが、幼いサーガにはそんなことはまだ分かっていなかった。
「一人前になった時のためか? みんな女々しいな」
女には優しくするのが当たり前。サーガの村ではそれが常識だったのだけど。
「俺は男らしく一人でいいんだ!」
外れものはどこにでもいたりするわけで。
幼いサーガにはまだ分かっていなかったのだ。
女のいる意味を。
女のもたらす安心感、温もりを…。
「まじいな、深く入りすぎた」
その日、サーガは遊びに夢中になって、森の奥深くまで知らず入り込んでしまっていた。
村への道も分からず、森の中がどんどん暗くなっていく。
心細くて泣きそうになって来た時、木の陰に人影を見つけた。
「誰?」
真っ直ぐな黒髪の、少し大人びた感じの少女だった。
「お、お前、見たことある! 名前は…名前は…」
知らなかった。
「スターシャよ」
その少女、スターシャが答えた。
「乱暴者のサーガね」
スターシャが言った。
「え? 俺有名?」
「悪い意味でね」
スターシャが少し呆れた顔をした。
「こんな所で何やってんだ?」
暗い森の中、スターシャの呆れ顔に気づかないサーガが言った。
「え? ああ、そうか。丁度いいわ。誰か呼んできてくれない?」
「え? なんで?」
「薬草を取りに来て、ドジだから怪我しちゃったの。痛くて動けなくなっちゃって」
そういって少しスカートをまくり上げると、ふくらはぎ辺りがパックリ割れて、血が出ていた。
「い、痛そう…」
血に慣れていないサーガが目を背ける。
「だから早く誰か呼んできて」
やはり少し呆れたようにスターシャが言った。
「分かった! まかしとけ!」
威勢良くサーガが言った。が…、
「ところで、村はどっちだ? 俺迷子」
「このまま真っ直ぐよ」
一瞬だめだこりゃという顔をしたスターシャだったが、サーガには見えなかったようだ。
「よし! 待ってろよ!」
と言って走り出そうとしたサーガであったが、前を見てはたと足が止まる。
なんといってもほぼ真っ暗の状態だったからだ。
幼子にとって夜の闇は恐ろしい。
特に森は星の光さえ届かない。
そんな所に一人取り残して行くのもなんだかとても可愛そうで…。
と言いながら実は自分が怖いだけだったりするけど。
「おい。こんな所に一人残して行くのも可愛そうだから、俺がおぶっていってやる!」
と、偉そうにサーガが言った。
「無理よ。やめとくわ」
「なんでだよ!」
「だって…」
よろよろとスターシャが立ち上がると…。
「私、あなたより背が高いのよ」
「う…」
きちんと立っているわけでもないのに、完全に見下ろされているサーガ。
確かに同年代の男の子の中でも成長が少し遅い気もしていたけど…。
いや、女の子は成長期だから自分よりでかくてもしょうがないのだ!
と言い聞かせてはいたけど…。
傷ついた。
と言っている場合ではない。
「だ、大丈夫だ! 俺は見かけより力持ちだ!」
と胸を叩く。
痩せ我慢にしか見えない。
「そんなに怖い?」
「ち、ちがわい!」
スターシャの方がよほど肝が座っている。
かくして…。
なんとかスターシャを背におぶさり、よろよろとサーガは歩き始めた。
「やっぱり無理…」
「無理じゃない!」
よたよたとしながらも、なんとか一歩一歩前へ進んでいくサーガ。
あまりの必死さについ笑ってしまうスターシャ。
「笑うない!」
サーガが怒る。
「どうして女の子に乱暴するの?」
気を紛らわすためにスターシャが話しかける。
「え? 別に乱暴してるわけじゃないぞ。女はなにかとキャンキャンうるさいから、からかってるだけだ。女は何もできねぇくせに、口だけは達者だからな!」
「あらそう? 何もできないなんてそんなわけないでしょ? むしろ男よりよく働いてるわよ」
「男は命をかけて金を稼いでくんだぞ! 女はそーじゃねーだろ!」
鼻息荒くサーガが言い放つ。
「それはそうだけど」
スターシャが答える。
「だからこそ女達はきちんと掃除洗濯して、命をかけて稼いで来てくれる男達のために帰る場所を用意して待ってるんじゃない。帰る場所がなければ、いくら戦ってもどれだけ稼いでも虚しいだけじゃないの?」
サーガにとっては目からウロコだった。
そんな風に考えたことはなかったのだ。
「女だってそうよ。いくら帰る場所を用意しても、帰ってくる者がいなければ悲しいだけ。だから男達が出かける時、女達はみんな祈ってるわ。無事に帰ってきますようにって。それに、女には、男と違った大事な戦いが…、あるって…」
そう言ってスターシャの声が途切れた。
「大事な戦いってなんだ? おい…」
と振り向くと、息も絶え絶えになったスターシャの青い顔があった。
とても辛そうで、意識を失っているのかもしれない。
気づけば、怪我をした左足が熱を持っていた。
(傷が熱をもってる!)
「急がないと!」
サーガは歩を早めた。
薄暗い森の中、一人ではとうてい進むことはできなかったろう。
背中のスターシャを助けることだけを考えてサーガは歩み続けた。
この温もりだけは失くしたくないと、誰かを守りたいと思ったのは、この時が初めてのことだった。