『紅蓮の牙』
「これも修行じゃテルディアス」
「何が修行だ・・・あんたが・・・遊びたいだけだろーーーーー!!!!!」
『蜜水の館☆メイリン』
「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」
命からがら・・・は大げさすぎか。
ぜはぜはと激しい呼吸を繰り返し、壁にもたれかかるテルディアス。
剣士もそれなりの魔法を覚えなければならないからと、剣の師の昔馴染みだということで、四賢者の一人とも言われている、このミドル王国の高名な魔道士『レオナルド・ラオシャス』を訪ねてきて早三ヶ月。
そろそろ必修科目も覚え終わり、修行も終わりに近づいていた・・・そんな時。
「テルディアス、修行の一環じゃ、ついて来い」
そう言われて素直についていった先が・・・娼館。
「男とは、女を知ってこそ一人前じゃ!」
「ふざけるなーーーーー!!!」
群がる色気むんむんのお姉さま方と、師匠の逃がすまいとする嫌がらせ魔法の雨をかいくぐり、テルディアスはなんとか城の近くまで逃げ延びた。
「あんの・・・・女好き好色色ボケじじい!!」
テルディアスは、今までの人生で感じたことがないほど疲れ果てていた。
「おや? もうお帰りで?」
顔馴染みになった門番の青年クィーグが話しかけてきた。
「修行なんてものじゃなかったんだ・・・」
軽くげっそりしながらテルディアスが言った。
クスクスと笑いながら、クィーグはテルディアスを眺める。
「なぁ~んだ。逃げてきちゃったんですかぁ?」
「・・・知ってたのか?」
「な~んとなく察しはついてましたよ。あの人がカネガネ「テルディアスもそろそろ男にしてやらんと」って言ってましたから」
「あんの色ボケジジイ・・・」
両の拳を握り締め、テルディアスが唸る。
「ははは、今でさえあんな人ですけど、昔は紅蓮の牙なんて呼ばれる凄腕の魔道戦士だったらしいですよ。俺のじいさんも一緒に戦った事があるってよく自慢してたし」
「紅蓮の牙?」
あの師匠の顔を思い出す。
牙なんてキリッとした言葉がてんで似合わない。牙というより、溶けかけの雪だるまの顔の方がよっぽど似合いそうだ。
それよりも・・・
「聞いてもいいか?」
「何ですか?」
「あの人・・・いくつなんだ?」
「・・・う~ん、噂では100歳超えてるって、聞きますよ?」
「・・・」
四賢者の謎。誰もその正確な年齢を知らない。
およそ百年ほど前に起きた魔道大戦。世界は今以上に混乱と戦火の渦が絶えない時代だった。
そんな中、『紅蓮の牙』と呼ばれ恐れられた男。
それが、レオナルド・ラオシャス。
「まさか」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
試練場へ向かう通路で、テルディアスは思わず口をついてしまった。
前を歩く好色ジジイ・・・じゃない、魔法の師匠。
赤い色の服を好み、気がつくとそこらの女性に手を出している(振られることが多いが)。
そんな色ボケジジイが『紅蓮の牙』と呼ばれた最強の男?
「信じられるか」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
確かに魔法に関してはかなりの使い手だ。それは納得できる。
だが・・・
「まったく、昨日はなんで帰りおった」
試練場に着くなり、レオナルドが尋ねる。
「修行と何の関係もないからです」
所定の位置に着く。
「だからのう、男は女を知って初めて一人前と・・・」
「いいからさっさと始めてください」
テルディアスがレオナルドの言葉をさえぎった。
「まったく、お前はカタイのう・・・」
「カタクて結構」
何やらまだブツブツと言っていたレオナルドであったが、さっそくテルディアスの総復習に入った。
これが終われば修行は終了。テルディアスはこの、隙あらば女を抱かせようとする師の元からオサラバできる。
全ての項目をクリアし、テルディアスは免許皆伝(?)となった。
これで晴れて自由の身。
「ふ、これだけを三ヶ月で身につけるか・・・。お前本当にもっと修行せんか?わしのようになれるぞ。時間はかかるが」
呪文を唱えずに魔法を使う。
確かにそうなれたら、戦闘にも有利になるし、魔道の世界で名を上げることもできるが・・・。
「お断りします」
隙あらば女湯に投げ込もうとする師匠が嫌・・・、というのもあるけれど、自分には他で名を上げたいことがある。そのためにはこんな所でぐずぐずしてはいられないのだ。
「そうか、残念だのう。ま、たまには顔見せに来いや」
明日にでも出発しようとしているテルディアスの心を読んだのか、レオナルドはそう言って頭をかいた。
なんだかんだで寂しいのかもしれない・・・、いや、からかう相手がいなくなるからつまらない、とか? そっちの方がありそうだ。
「紅蓮の牙」
確かめるなら今しかない。
テルディアスは思い切ってその言葉を口に出した。
テルディアスの発した言葉にピクリと反応するレオナルド。
「そう呼ばれていたそうですね。その昔」
「そんな古い名・・・まだ覚えている者がおったか・・・」
レオナルドがやれやれと肩をすくめた。
「よろしければご教授願えませんか?」
テルディアスが腰に下げていた剣をスラリと抜き放つ。
「ここを戦場だと思って」
レオナルドの瞳がキラリと光った。
「戦場・・・・だと?」
「そう・・・戦場だと思って、戦って下さい!」
言うが早いか斬りかかるテルディアス。
それを落ち着いた様子で見ていたレオナルドがボソリと呟いた。
「ヒヨッ子が」
ゴウッ!!
ありえないほどに厚い風の壁に、テルディアスは阻まれ、弾き飛ばされた。
ドゴオッ!!
試練場の壁に叩きつけられる。
「っが・・・」
叩きつけられた衝撃でまともに息ができない。
もしかしたら、肋骨も何本かいってるかもしれない。
苦しさと痛みと驚きの中、テルディアスが目を開けると、首元で自分の剣が光っていた。
今までに見たことのない冷たい瞳で、魔法の師匠であるレオナルドが自分を見下ろし、テルディアスの剣を首筋に当てていた。
「戦場の何たるかも知らんヒヨッ子が、俺に牙を向けるなんざいい度胸だ」
剣先をテルディアスの首元にあてがう。
チクリと痛みが走る。
「いっそのこと一思いにやってやろうか?」
そう言った師匠の瞳は、本気とも冗談ともつかない光を宿していた。
喉元に当たる剣先が異様に冷たく感じる。
テルディアスの背を、冷たい汗が流れ落ちた。
「ふ」
レオナルドの口から、息がこぼれる。
「ふふ・・・・ふはは、ふははははは」
突然豪快に笑い出したレオナルド。
わけが分からずそれを見上げるテルディアス。
「いや、はは、冗談じゃ冗談。真に受けるな」
剣を引き、代わりに手を伸ばす。
「ほれ、立てるか?」
「え?・・・あ・・・」
いつの間に治したのか?
体中の痛みがなくなっている。
レオナルドに手を引かれ、テルディアスは立ち上がった。
「ま、無茶はするなっちゅうことじゃ。ホレ」
テルディアスに剣を渡すと、何事もなかったかのようにスタスタと試練場を出て行ってしまった。
(夢・・・じゃないよな・・・)
叩きつけられた壁に入った大きなヒビ。
衝撃の強さを物語っている。
(本当に・・・冗談だったのか?)
『やってやろうか?』
ああ言った時のあの瞳。とても冗談には思えなかった。
まさに死を感じた。
今生きていることが不思議なくらいだ。
(『紅蓮の牙』・・・か)
次の日。
城から逃げるように出て来るテルディアスの姿があった。
それを四つの影が窓から見送っていた。
「う~~ん、可愛かったのにぃ」
「ちょっとでいいから遊びたかったわぁ~」
「まったくあいつは・・・餞別に用意してやったのに・・・」
窓際に立つのは、色気むんむんのお姉さま方三人と、レオナルド。
帰り支度をしながら、(やはりここに留まろうか・・・)などと考えていたテルディアスの部屋に奇襲したのだ。
「仕方ないのう。わしらだけで楽しもうか♪」
「やだ~レオちゃんたらっ。精力的♪」
そして四つの影は窓から離れ、部屋の奥へ消えていった。
その後、ミドル王国での出来事は、忌まわしき記憶として、テルディアスの中で長らく封印されることとなる・・・。