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さえりの独白

 僕は、後ろから近づいてくる足音に気付いた。CDプレーヤーの電源を落とし、後ろを振り返る。

「あれ、田沢湖じゃん。なんでここいるの?」

近づいてきた人影は、さえりだった。

「いや、お前こそなんでここに来たんだよ。」

「ちょっと、ね…。精神的に疲れちゃって。色々と。田沢湖は?」

「似たような理由だよ。僕も精神的に疲れたんだ。」

「1年生?」

「え?あぁ…。わかってたのか。」

「教えても全然伸びないんでしょ。」

「ああ…。いくらこっちが教えても、何も出来ない。かろうじて何か覚えても、明日には99%は忘れてる。クズだ。鶏以下だ。低脳ども。」

「田沢湖でも、そういうこと言うんだね。先生方からは不良っぽく見られて避けられてるけど、学年の皆は優しい人だと思って慕ってくれてる。うちも、そう思ってる。」

「えぇ?」

正直言って、そんな事初耳である。

「女子の後輩の皆もね、田沢湖さんって優しい人だね、て言ってるんだよ。」

「そうだったのか…。」

なんだか嬉しいような、微妙なような…。

「田沢湖がいたらな…。あっちにも。」

「あっち?」

「今日ね、父さんが、クソみたいな紙切れ持って帰ってきやがって、それで、それで…。」

全て理解した。

「言えないなら、無理して言わなくていい。ただ、言えるようになったら、ちゃんと言ってくれ。」

「ここを、離れたくない…。卓球部から、いなくなりたくない…。皆の、田沢湖の優しさと、離れたくない…。だから、父さんも母さんも振り切って、逃げてきた。」

僕の隣に座ったまま、さえりは泣き崩れた。もう、言葉は要らなかった。僕はさえりの隣で、ただただ川のささやきと泣き声に耳を傾けていた。

 時間が、音もたてずに流れていく。さえりが、ゆっくりと顔を上げて月をあおぎ見る。いつの間にか、月はかなり上まで上っていた。さえりの顔の輪郭が、月明かりで白く浮かび上がる。涙の跡までも、忠実に。

「今日は、満月だね。」

「そうだね。」

どうでも良さそうな会話が、なぜか大切に感じてしまう。

「あの…さ、今夜は、一緒に居てくれない?」

「居て…って、一緒に居てもいいけど、帰んなくていいの?」

「今日は、まずいい。ここで、一晩過ごそうよ。色々話しながら。」


 翌朝、橋の上から陽の光が射す。僕が目を覚ますと、右隣にさえりが寄りかかってきた。草むらで寝たせいか、ショートカットの髪に草がいくつか絡み付いていた。1つ1つ、草を取り除いていく。さらさらした髪から、ふんわりと優しい香りがする。

 草を全て取り除き終えたとき、ちょうどさえりが目を覚ました。

「今日は、朝のうちに帰りなよ。朝飯くらい、食べた方がいい。」

「うん。けど、一緒に、ついてきて。」

「あぁ、うん。」

 川沿いの土手をずっとさかのぼり、途中で支流の寝椋川(ねむくがわ)の方へ曲がる。寝椋川沿いから逸れて、少し山の中へ。山の中だけど、比較的新しい家が建ち並んでいる。

「ここ、私の家。」

「ここか。んじゃ、僕はこれで。」

「待って。」

「なに?」

「1つ、お願いがある。お願いというか、約束というか…。」

「どんな約束?」

「先輩が言ってた、軽トラパレードの話、覚えてる?」

「ああ、あれね。覚えてるよ。」

「今回の総体で、それ、しようよ。」

僕は、その時笑顔だった気がする。

「あぁ、いいよ。約束だ。」

「一緒に…連れてって。」

「いいよ。」

しばらく、見つめあっていた気がする。

「んじゃ、僕は帰るよ。」

「うん…じゃあね。」


 あーぁ、さえりいなくなるのか…。今は男女の総合キャプテンだから、いなくならないでほしいな…。あの草むらの中での一夜は、何だか神秘的だった。誰も、立ち入れない空間だと感じていた。もっと、色んな事を知ってあげたかった。お互い、口下手だからな。もし、この事を知っているのがさえりの家族以外で僕だけなら、何か支えてあげないと…。

 これを、恋というのかは、田沢湖自身にはわからなかった。第三者から見れば、恋人同士以外の何者にも見えなかったのだが。

 

 寝椋川の土手を歩いているあたりから、彼女は田沢湖とさえりが2人きりでいるのを見ていた。(な…なんで!?さえりさんって、田沢湖さんの…彼氏!?…先を、越されたの?にしても、よりによってさえりさんが田沢湖さんを好きだったなんて…。しかも、田沢湖さんも嫌な顔してない。私は、私は…さえりさんが田沢湖さんに向けてる気持ちよりももっと田沢湖さんに対する気持ちが強いのに…!!)

 夢々子は、ショックを隠せずにいた。女子の嫉妬、恐ろしや。

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