久しぶりの学校
ついに、田沢湖は退院した。右の前腕には縫い跡、顔の右半分は人工皮膚で妙に白い。左足首は折れているので松葉杖。そんな格好で、夏浜に戻ってきた。
田沢湖にとって、約3週間ぶりに見た夏浜は、惨状以外の何物でもなかった。少しでも空いた土地があれば、そこにはプレハブ小屋のような仮設住宅が建ち、街のありとあらゆる場所に工事車両がいた。家が丸焦げになったままの所もあった。崩れた家の取り壊しをする重機の音がうるさい。親戚の家は津波で流されて、骨組みと基礎しか残っていなかった。そして、自分の家は。玄関にヒビが入っている以外、大した被害は無かった。
あまりにショッキングで、その日1日ずっと部屋に籠ってボーッとしていた。(明日から学校か…。どうなってんだろな、あっちは。)
エレベーターを使って3階の2年棟に行く。松葉杖を使って窮屈な箱の中から踏み出そうとした瞬間、
「「「「田沢湖お帰りーーーーー!!」」」」
「な、何!?」
ものすごい人の数。気づくと田沢湖は男女混合の人だかりのど真ん中にいた。
「お前ケガの仕方かっこよすぎるだろ!」
「後輩を守るとかその後輩ドッキューンだったでしょ?」
「お前顔色悪いぞ?」
「いや、人工皮膚だろ。てか腕の包帯は?折れてんじゃねぇの?」
(な、なんなんだよってたかって!?質問は1人ずつで頼むよ…!?あ、やべボタン間違えて押しちゃった…。)人だかりに押され、間違えて『↓』のボタンを押す。
「俺閉じ込められるー!」
「やべぇ早く出ないと!」
「キャー!??」
(間違ってボタン押してエレベーター下がったくらいでそんな騒ぐな!!)
下まで1往復して2年棟にまた戻ってくると、また人だかりに囲まれた。
「ちょっと待て質問するのは僕を出してからにしろ!」
(さて、どんな質問が来るんだ?)
「さてさてMr.田沢湖、どんな手術を受けたんだい?」
「右腕の折れた所をボルト埋め込んで固定、火傷してただれた所は人工皮膚で覆われて、脇腹の傷は縫われました。」
「死ななかった?」
「死んでねぇからここにいるんだろ…。まぁ何度か川渡りかけたけどね。」
「助けた後輩の子、お見舞いに来なかった?」
(あれは、お見舞い扱いでいいのかな…。一応正直に話しとくか。)
「来たよ、一応。」
「「「ヒューヒュー!!」」」
「冷やかすなよ恥ずかしい…。てかこれ以上人集まるなよ…。」
どうにかこうにか人だかりを抜け出し、2年4組の教室に入る。すると、前ほどではないがまた人々に囲まれた。
「久しぶりだな、おい。」
凌祐が声をかけてきた。
「なんか安心するな、お前がいると。」
「どんだけ心配したか…。意識失ってんじゃねぇよアホ。」
「ほんとすいませんね。後輩ほっといてさっさと気失うなんて、自分でも予想外だったよ。」
とりあえず自分の席に座る。(やっぱ自分の席って安心感あるな。)
「よ!久しぶり。」
魅穂が来た。
「あぁ、久しぶり。」
「あの時音楽室から見てたんだけどさ、渡り廊下崩れるの見ちゃったから、巻き込まれたんじゃないかってすごく心配だったよ…。」
「怖かったよマジで。鉄骨は降ってくるし。」
「生きてるんだからいいじゃん。」
「まぁ、そうだね。」
(『生きてる』か。なんか最近よく聞く言葉だな。『生きてる』いい言葉だ。)
放課後、田沢湖は渡り廊下の入り口に立っていた。扉は歪んでいて、冬の刺すような隙間風が肌をかすめていく。黄色と黒の紐が巻き付き、『立入禁止』の文字が踊る。隙間から中を見る。全身が縛られるような錯覚に陥る。痛み出す。身体中がひきつる。当時の光景が全てありありと思い浮かぶ。(ダメだ、もう耐えられない。)ついに目を逸らす。振り返って帰ろうとすると、ばったり夢々子に会った。
「あっ!もう学校来れるんですね!」
「なんとかね。」
「ていうか、あのあと意識不明なったんですか?」
「んと…夢々子が助けられてすぐ、かな。実際、その日のことはあんま覚えてないんだ。」
「私、次の日には退院しましたけど、まだ田沢湖さん意識不明でしたよね。」
「意識戻ったのは13日の朝だったからね。生きててよかったよ。ケガもちゃんと治せるって話だったし。」
「なら、部活もまたできますね。でも、いつから始められるんですかね。」
「さあな…。早く始められるといいな。」
そのままの流れで、なんとなく夢々子と一緒に帰った(玄関まで)。久しぶりの学校で、少し疲れたようだった。