練習の疲れ
1年生が入部してから初めての大きな大会、それが総体だ。今は、総体まで1ヶ月半を切り、練習にも熱が入る。
後輩は、女子はどんどん成長している。今では、殺人スマッシュとささやかれる島護も驚く強烈なスマッシュを打てるようになった。一方男子は、最悪の出来である。フォア打ちラリーは現在最高でも6回しか続かず、日村先生の悩みのタネとなっている。
今日は、土曜日。午後練習で、終わるのは5時過ぎくらいである。田沢湖は後輩男子の指導を任された。
「では、今日は最初フォア打ち、次にバック打ち、その次はサーブ練習だな。大会近づいてきたし。はいじゃあ練習開始!!」
「「はい!」」
フォア打ちを始めて5分後、あまりの出来の悪さに頭を抱える。
さらに10分後、これ以上の成長を見込めず練習をバック打ちに切り替える。バックに至っては、3回ラリーが続けばいい方だった。
「お前ら、とりあえずバックでラリーしてろ。ちょっと女子の方の様子見てくる。」
女子の1年生の練習を見てみる。
「調子はどうだー?」
今日太郎が答える。
「教えれば教えただけ伸びるね!これなら大会でも主戦力でいけるかも、だな。」
「うわ、確かに上手いな。ラリーが30回は続いてるっぽいし。」
夢々子がとっさに言い返す。
「そ、そんなに誉めないで下さい!嬉しくて…いや、その…気が散ってラリー続きません…。」
夢々子の顔は真っ赤になった。
「そんじゃ、男子の指導に戻るよ。」
「はいよ!頑張れ田沢湖色んな意味で!」
「えー行っちゃうの…。」
誰にも聞こえないような小声で、夢々子がつぶやいた。
練習を終え、疲れきった田沢湖。あまりの後輩男子の伸びの悪さに、精神的に疲れてしまった。
チャリに乗りながら音楽をかける気力すら起きず、ただふらふらと夕陽に刺されながら家に帰っていた。
ただいま、と言って家の玄関の扉を開ける。おかえり、と返してくれる人はいない。父親は今日は飲み会があるので夜11時過ぎまで帰ってこなく、母親は夜勤。
普段なら、練習着から私服に着替えてもう夕飯を食っている時間だ。だが、食う気力も起きない。かろうじて私服には着替えた。
(あぁもう…。教えれば教えただけ伸びる?そんなの夢のまた夢だよこっちは。少しは相手の気持ち考えろよ。頑張れ色んな意味で?あぁ?頑張れって他人に言うなら自分で頑張ってから言えよ。どーせ男子には教え甲斐が無いから教えたくなくて女子に教えてんだろあのロリコンが。……………あぁ、悪口頭の中で言ってても解決しねぇな。気分転換に、あの場所にでも行ってみるか。)
そして、あの場所へ…。
「あの場所」とは、夏浜地区の真ん中を貫く遅火沢川の川岸の草むらで、田沢湖の家のほぼ真横にある。遅火沢川の源流は市内にある有名な山、獣山山の中腹にあり、その清き流れは夏浜中のある盆地へ出ても、また田沢湖の家のある海の近くまで流れてきても透明さを保っている。遥か昔にものすごい大雨が降って大洪水を起こし、それ以来人造の高い土手が中学校の近くから海まで川沿いに盛られている。現在では土手の上は遊歩道であり、また土手の広い所では、一部が住宅地となっている。
その草むらは高い土手を滑り降りた所にあり、ほとんど人は来ない。上には歩行者専用の橋が架かっていて、草むらは日中は適度な日陰になる。田沢湖の家は土手がちょうどくぼんだ所の住宅地に建っているので、草むらは2階からも見えない。
チャリと共に土手を滑り降りて、CDプレーヤーの電源を入れる。サザンオールスターズの70年代~90年代のアルバムをかけて、コンクリート片に腰掛ける。夕陽は既に沈み、海の方の空の赤もだいぶ薄まってきた。
(はぁぁ…。こうして薄暗い所で何も考えずにいると、心がスーッ、とするなぁ…。桑田さんの声と原さんのハモりに耳を預け、体は草に預けて、髪は風に好きなようにされ………。)
田沢湖がすっかりリラックスして精神的な疲れを取っていると、土手に生えた草に車輪の跡がついているのを見つけ、ふと立ち止まってCDプレーヤーから流れる『灼熱のマンピーG★SPOT』を聞いている人がいた。レモン味のガムをポケットに入れながら、その人は白い肌を薄い月明かりに照らされ、土手を降りていった。