午前の部
「2年4組、指揮、中崎田沢湖さん。伴奏、田中魅穂さんです。それでは、お願いします。」
ずらずらとクラスメイトがステージ上に並ぶ。僕は1人、指揮台の横に向かう。準備完了。深々と観客席に向かって礼をする。とりあえず拍手がくる。指揮台に上る。すごい緊張感。ふっ、と手を挙げる。すっと手を振り、4分の4拍子のリズムを刻む。もう一方の手が、ソプラノの歌声をかき集めて振りまく。ピアノが僕の手にまとわりつき、振りまかれる。アルト、テノールの歌声がだんだん強まる。両手に力をこめ、まとわりついた歌声を一気に上空で炸裂させる。会場が震える。いいぞ。この調子だ。2番を終えると、ソプラノ・アルトとテノールの掛け合いが始まる。女子達の声を集めては放り投げ、男子達の声を集めて放り投げ…繰り返す度に強くなるメッセージ。一瞬の静寂。そして、ためてきたものを全てぶちまけるような力強い声。その1つ1つを漏らさず手の先に集めて上空でさらに炸裂させる。歌声が緩やかに伸びて、終息する。歌声の最後のひとかけらを片方の手の先でくるくるとまとめてつかみとる。ここから短いピアノソロだ。歌声をつかみとった片手。もう一方の手は、ピアノの最後の4分音符をつかんで、上空で止まる。終わった…。指揮台から降り、一礼。割れんばかりの拍手。よし、観客はぶっ飛ばせた。皆充実感溢れる顔で、生徒席へ戻っていった。
昼休みになった。暇なのでふらふら廊下を歩いていると、紀友に会った。
「あ、こんにちはぁ。」
「おぉ、こんにちは。」
「すごかったですね、指揮。」
「あぁ、ありがとう。あれは疲れるよほんと。全身使うし。」
夢々子が通りすがりに会話にまじってきた。
「すんごいダイナミックでしたね!」
「魅穂のピアノがあってこそだよ。ピアノに引っ張られたからうまく指揮できたと思うし。」
「その…なんだろ…かっ、…かっこよかったですすごく!」
え、そう言われるとすごい嬉しい…。生まれて初めて他人からかっこいいって言われた…。
「あはは、あ、ありがとう。」
「田沢湖ー!!」
元気なはきはきした声が飛んでくる。魅穂だ。
「伴奏めっちゃ疲れたよー。マジで指揮うまいね。あたし含めて皆を引っ張ってくれてありがとう。指揮に田沢湖立候補してきた時は音楽ど素人だと思ってて心配したけど練習するうちに迫力出てきてたし。実はセンスあるんじゃね?本番のあの指揮はすごかったよ。」
「伴奏あってこそだよ。あれだけミスらずに指揮できたのも。」
「あーれぇ?この子達が例の後輩?」
おい!本人達いる前でその話は出すな!!
魅穂は吹奏楽部である。つまり、僕と複数の後輩が親しげに話している所を誰よりも最初に目撃したのだ。それを女子達に話して広めてしまったのも魅穂。さらに、当の本人である僕に直接確かめたのも魅穂(もちろん僕は否定した)。そして、今…。本人の前でその噂をぶちまけかけているのも魅穂…。
「あの、田沢湖さん?例の、てどういうことですか?」
「あぁ、ええと…その…ですね……。」
魅穂め…。めんどくさい事にしやがって…。どうやら魅穂も、今になって自分が何をしたのか理解したらしい。
「あ…マジごめん。えぇとね、田沢湖の後輩達。説明するね。実は………。」
こうして、紀友と夢々子に例の噂が伝わってしまった。はぁ…。僕はどんな扱いされるんだろ…。
「んとぉ、田沢湖さんは別にそういうつもりは無くて、ただ私達と話すことが多い、てだけですよねぇ?」
「うん、そういうこと。ただ、吹部から見ればそれがそういう風に見えるってだけ。」
「田沢湖はね、しばらく恋すらできないだろうしねっ!」
えっ!?そ、その件はほんっとに誰にも言うなって言ったのに!!核心には触れてないけど、さらっと言うな!!
「そっ、それは、ど、どういうことですか?」
夢々子は戸惑いを隠せずに、問いただそうとする。
「え、いや待って、その…あー、悪い、いつの間にこんな時間経ってたんだ?ちょっとこれから行かなきゃいけない場所あるから!じゃあね!」
「あぁ!田沢湖さん!!」
「行っちゃったぁ…。」
「んじゃ、あたしも戻るよ。田沢湖と頑張ってね、部活。」
廊下の片隅には紀友と夢々子が取り残された。
「田沢湖さんと魅穂さんって人、何か関係あるね。」
紀友が、ふとそう言う。
「え、ええええ!?」
田沢湖に惚れている夢々子は、顔に出る表情が二転三転し、最終的に戸惑いの顔になる。
「田沢湖さんは、魅穂さんに何か握られてるよ。弱みとか。そういう顔してた。」
「そ、そういうこと…。でも、ま、まさか…。」
「まさか、なに?」
「ううん、何でもない!そろそろ体育館に戻ろうよ!」
「う、うん。」
こうして、夏中祭午前の部は終わり、午後の部を迎える。




