強豪
フロアに入る前に、扉の手前の階段の脇で少しミーティング。
「ここで、皆峰か…。でも、運が悪いと思うことは無い。こっちには、不戦勝で勝ちが2つある。有利なんだよ。いいか、有利って思えば有利になるんだ。それを忘れるな。相手の弱点を早く見つけて、そこを地道に慎重に攻めてけ。そうすれば、勝てる。いいか、とにかく慎重に。いいな!!」
「「はい!!」」
田沢湖は、フロアに入る前にふと見夜の言葉を思い出した。(頑張れよ、て言われれば嬉しいのか。ま、見夜から言われたときは自分も嬉しかったな。見夜の笑顔は、ふんわりしてて守ってやりたくなる感じだよな…。頑張って下さいね、か…。うん、頑張るよ。相手が誰だろうと、精一杯頑張るのは味方への礼儀であると同時に相手への礼儀でもあるからな。…よし!行くぞ!!)そして、大きな扉を開けた。
整列して、挨拶を終えて田沢湖と由斗は同じ台へ向かった。この2人でダブルスを組ませるのは、日村先生が勝負をかけにいった証。
このことには、上で応援していたさえりも気づいた。
「日村先生、勝負にいったね。」
「どういうことですか?」
みいさが尋ねる。
「田沢湖の粒高ラバー、それとダブルスでは有利といわれる左利き。この2人を組み合わせれば、いくら皆峰の奴らでも少しは戸惑うでしょ。」
「あぁ、なるほど。」
「これに勝てば、全県も近づきますね。」
「行けるよぉ、だって田沢湖さんだし。」
さえりの、深海のような深い色の瞳。みいさの、細くても女性らしい力強さのある瞳。紀友の、眼鏡越しのくりっとした瞳。夢々子の、大きくて輝く瞳。見夜の、何かを訴えかけるような瞳。その10の瞳全てが、田沢湖の手のひらの上のボールに注がれていた。
1セット目、粒高も左利きも通用しなかった。5-11で敗れ、先生の所へ戻る。
「まず、田沢湖。ボールを浮かせない。とにかく短く短く入れていけ。打たれたら、ブロックしてとにかく繋げる。手がぶれてるから、動かさないようにしてブロック。いいな。」
「はい。」
「由斗。お前は隙があったら打ってけ。相手に打たれたら打ち返せ。いいな。」
「はい。」
2セット目。相手のプレースタイルは大して変わらなかった。浮いたら強烈な一撃が来る。それだけだったので、かえって田沢湖たちは攻めやすかった。
粒高のブロックは綺麗な低い弧を描いて相手のコートに入った。相手は容赦なく打ってくるが、ネットにかかった。これで6-8。
ここから、夏浜中ダブルスは勢いに乗りまくる。由斗のドライブが相手の手がちょうど届かない所に入って7-8。田沢湖の超ショートツッツキが相手のミスを誘いついに同点。さらに2点を加えて10-8。
ここで、皆峰がタイムを取った。田沢湖たちは、先生の所に戻る。
「いい。いいぞ。このままいけ。そしてこのセット取れ。そうすれば、夢は繋がるぞ。よし、頑張ってこい!」
「はい!」
返事にも、気合いが入ってきた。
台に着き、相手を待つ。早くも漢がストレート負けしたようだ。
その後、試合の流れは変わらずに11-8で夏浜中がこのセットを取った。
だが、皆峰の3セット目は違った。相手も慎重なプレーをするようになり、夏浜がミスったボールをそのまま打たれてしまい、4-11で負けた。
隣のコートで試合している島護は、1セット取られて現在負けている。このままだと、軽トラパレードはまた夢で終わってしまう。頑張れ、僕たち。
4セット目。さらに現実を見せつけられることになった。こっちのミスがさらにミスを誘い、こっちのミスは相手のチャンスをつくる。結果、2-11で敗れ、セットカウント1-3。現実を知るにはいい機会だった。