不良委員長
今年も、この季節がやってきた。
時は4月、この中学校に新入生が入ってきて、部活動についての説明会が始まる。
「んー。お、そろそろ説明会始まるか。」
夏浜中の制服を着た生徒が、線香の香り漂う空間でつぶやく。
こいつが、夏浜中卓球部男子の2年生である中崎田沢湖。こいつの家は今年の3月末から不運な事に巻き込まれ続けている。
3月末、いとこ夫婦が離婚。田沢湖の父親の兄の夫婦で、つまり田沢湖のおじさんの夫婦。子供2人はおじさんが育てる事になってとりあえず一件落着。
だがしかし、4月最初の父親の出勤日。会社で倒れて父親救急搬送。軽い脳梗塞で、すぐに良くなったが念のためしばらく入院となった。
そして、今。なぜ線香の香り漂う空間にいるのか。それは、母親の10歳上の兄、まぁようするに田沢湖のおじさん。その人が心筋梗塞でどこかの野球場で野球観戦中に倒れてそのまま逝去。
だから、部活動説明会を休んでいる。それが始まる時間は、ちょうど葬式を終えて休んでいた頃だ。
「あー、1年が入部してきたら先輩かぁ。あーぁ。」
。一時退院してきた父親も、喪主の母親も、その他祖母祖父親戚みんなどこか行ってて田沢湖1人でいたので、つぶやきの後に妙な沈黙が続く。
田沢湖も、おじさんが死んですごく悲しんだ。泣きまくった。だが、自分の中の何かのバランスを崩壊させないために、妙に明るく独り言をつぶやいていたのだ。(とりあえず、明日から学校。部活も勉強も休んだ分追い付けるかな…。)
次の日の朝。いつものようにチャリを倉庫から出して、学校へ向かう。
田沢湖のチャリは、異常である。
つやつやの銀色が日の光を受けて輝き(なぜかベースの色は日本車メーカーホンダのアラバスターシルバー。さらに今朝、車用のワックスを塗った。)、前のカゴにはCDプレーヤーとCDが数枚入っていて、カバンなどは全て後ろの泥よけに結びつけられ、固定されている。
(今日は…高橋優のファーストアルバムでもかけてくか。Let's go♪)
チャリに乗っている時は、例え通学中だろうとCDプレーヤーで何か音楽をかけて行く。イヤホン無しで聴いているので、学校中の人からこの事実は知られている。
『終焉のディープキス』のギターにピアノが絡み、歌声が響く。サビでこの世の全てをぶち壊すような歌声とメロディとともに、田沢湖のテンションは最高潮に。いつも1曲終わる頃に学校に着き、チャリ置き場にチャリを停めて、生徒玄関に入る。(さーて、どうなってるかな…。運動会練習も始まってるだろうし、あ、テストもあったんだそういえば…。ま、今日1日頑張るか。)
とりあえず授業は無事に終わり、放課後。(よし、次は部活!新入生が体験入部に来てるはず♪)
そのテンションは、一瞬で強制シャットダウンされた。
「田沢、今日は代表委員会あるぞ。忘れてないよな?」
担任の太い声。
「あぁ、大丈夫ですよー。忘れてません!」
(そうだ…。僕は委員長に推薦されてなってしまったんだ。そういや、先生も渋々僕が委員長なること受け入れたんだっけ。)
先生方にも、田沢湖のチャリの件は知られていて、現在委員長とはいえどちらかといえば不良生徒扱いなのである。だが、先生方に整備不良チャリの強制修理の権利は無い。だから、現在もあのチャリで登校できるのだ。
代表委員会で、田沢湖の人生的に大きな出会いが起きるが、生徒会室に急いで向かう田沢湖は知るよしもなかった。