新たな生活
歩いて数10分。桜が綺麗に咲き乱れる桜坂に辿り着き、ぼくと鈴良は肩を並べて登校する。
桜坂を数分歩くと校門が見えて来る。
「最初の一歩は一緒に、な?」
「うん。一緒に、ね」
鈴良と確かめ合い、校門入り口で立ち止まる。
「「せーの!」」
息を合わせて一歩踏み出し、校門を通る。
晴れてぼくたちは高校生として輝かしい未来を──
「あ、すずっち~!おひさー」
ぼくが新しい一歩を踏み出し、決意を示そうとして途中で女の子の声で遮られた。
後ろから聞き覚えのない明るい声がしたと思えば、鈴良に背中から見知らぬ女子高生が抱き付いた。
なんて羨まし──けしからん行為を。
「お久しぶりです。深紅璃さん」
「相も変わらず礼儀正しいね、すずっちは。みくりんでいいよ、すずっち」
ぼくの鈴良をすずっち呼ばわりとは……この女狐、やるな。
いや、冗談だけど。仲いいのはちょっとばかし妬いちゃうけど。
「この元気なツインテールさんは誰かね、すずっち」
「あきくんまで……はは」
楽しさ混じりの呆れ声で嘆息するすずっち──じゃなかった、鈴良。
「もしかして、この子がすずっちの幼なじみとやらかな?」
「はい。幼なじみの篠倉章史くんです。それで、こちらが中学校からの先輩の星野深紅璃さん」
鈴良が仲介して互いを紹介してくれる。
いい子に育ったな、すずっち。
「篠倉章史です。あっきーでもふみふみでも好きに呼んでください」
冗談混じりに自己紹介し、握手をするつもりで手を差し出す。
「一個上の星野深紅璃だよ!みくりんって呼んでくれると嬉しいぞ、ふみふみ」
みくりん先輩も僕の意図を読んで手を握って握手を交わす。
生きているのが楽しくてしょうがないって感じのオーラを醸し出していて、なんだか気後れしそうだが、その明るさと頭の両端を結んでツインテールにしているのが気後れを相殺させる。
「はは。これでふたりも仲良しだね」
「おう!」
「もちろん!」
初日からこんな気さくでいい人に巡り会えるとは……幼なじみ様々だな。
「でも、なんでもいいって言ったけど、まさか後者を選ぶとは思わんなんだ」
「あっはっは。けど、どっちでもいいんだよね?」
「もちろんです!好きに呼んでくれて結構ですよ、みくりん先輩」
「気に入った!ふみふみは私の名誉後輩だっ!」
「光栄です、みくりん先輩!」
「仲良しなのはいいけど、早く行かないと。せっかく早く出たのに、遅れちゃう」
「そっか。じゃあ私先行くね!道迷うなよ、後輩達っ」
「またです」
僕と鈴良で手を振りみくりん先輩を見送る。
朝からテンションが高ぶり、気分がいい。
こっちの学校にして正解だったな。
「ぼく達も行くか」
「そうだね」
──さぁ、ぼく達の戦いは始まったばかりだ。
「戦うも何も、ただ普通に登校してるだけだよ」
「男には言わなければならない時があるのだよ。というか、なんで考えていることがわかった?」
「なんでって……あきくんが口にしてたじゃない」
「おぉ」
「はは」
* * * * *
入学式、ぼくは少し考えを改めないといけないと思った。
なぜなら、みくりん先輩が生徒会の会長さんだったからだ。
「花は芽吹き、綺麗に咲き誇る4月の恵みは、新しい年度の始めとして揺るぎない信念や期待を持たせてくれます。私達は──」
なんて凛々しいのだろうか。
スポットライトに当たっているからではなく、どこからともなくその明るさが滲み出ているように思える。否。思わせる雰囲気がそこにある。
ただの女の子ではなく、威厳ある風格を漂わせながらもその意思表明を述べる。簡単には出来ない所業だ。感服する。
いやぁ、みくりん先輩マジリスペクトっす。
でもまさか、みくりん先輩が会長さんだなんて、思わんなんだ。まぁ、言われてみれば、生徒会以外の在校生は来る必要性を感じないわけで。
いや、他にも居るんだけどね。在校生。
主役の一年生は前にズラーッと並び、後ろに二年生と三年生に別れて並んでいる。
在校生代表の言葉が終わると、次は新入生代表の子がステージに登壇して言葉を述べる。
腰辺りまで伸びた黒髪が綺麗な女の子だった。
「空は晴れ、桜は華々しく散り、恵まれた気候の中こうして在校生の皆様や学校関係者の皆様に歓迎され、私、櫻小路彩愛が新入生代表として御礼を申し上げます。この度は胸を張って入学出来る事を喜ばしく思い──」
しばらくして目を瞬くと、ハッとして意識が戻る。
思わずその綺麗で心地良い繊細で涼やかな声に聴き入ってしまった。
目が乾いて辛くならなければきっと、そのまま最後まで聴き入っていただろう。
なんて魔力の隠った声なんだ……新入生代表、櫻小路彩愛……!
ぼくは君を天使と呼ぶぞ。彩愛たん、マジ天使!
なんてバカなことを思考している内に校歌斉唱に替わってしまっていた。
結局最後まで聴くことはなかった
がっくし。
入学式が終わると、次は自クラスでのHRだ。
担任の先生は喜ぶべきか発狂するべきか、若々しい女教師だった。
先生の意向で、まずは自己紹介から。で、最初は言い出しっぺの先生からということに。
「木之本さくらです。散らばったカードを集めたりはしませんので、ご了承ください。歳は内緒、スリーサイズは内緒、彼氏の有無は内緒、趣味はお裁縫です。よろしくお願いしますね~」
なんてこった。最初の発言はまったくわからないものの、秘密なのか、プライベートなことを喋らないからまったくわからない。掴み所のないお人だ……木之本先生。
だがパッツンでお下げで長髪で幼顔はハイスペックだ。身体はダボダボの服で良くわからないが、そこがむしろミステリアスで興味がそそる。
「では、廊下側の前の席の人から順に自己紹介お願いしますね。あいうえお順だと思いますので、そこはお任せします~」
先生の指示通り、あ行の人から順に自己紹介をしていく。
「美平希中学出身。佐々木妖」
それだけの自己紹介をして前の席の子は着席する。
次はぼくの番だな。よし。
立ち上がり、元気一杯に吐き捨てる。
「依代中学出身、篠倉章史!彼女居ない歴イコールが自分の年齢ってだけが取り柄の残念系男子、それがこのぼくだ!呼ぶ時はあっきーかふみふみとでも呼んでくれ。以上っ」
ドヤ顔して着席した。
一仕事終えたあとってこんな感じなのかな。汗が派无ぜ。おっと、仕事し過ぎて心ん中で誤字ってしまった。やっちゃったぜ☆
……と、テンションが上がり過ぎた。疲れた。
こんなキャラじゃないよ、ぼく。みくりん先輩に侵されたかな?まぁ、やることはやったし、あとは寝るだけだな。
て、なんでやねん!……ひとりてノリツッコミしても虚しいだけだな。心ん中だし。
「米山中学出身の夕澄屋鈴良です。この教室の仲間として力を尽くしたいと思いますので、宜しくお願い申します」
鈴良はなんともまぁご丁寧に人気取りに行くものだ。ぼくには出来ない真似だな。
まぁ、する気もないけど。
全員の自己紹介が終わったのち、どの委員会に入るか決めたり先生からこれからのことを言われたりして解散となった。
「さてと、帰るか~」
「お疲れ様」
「うむ。良きに計らえ」
軽く伸びしてリラックスしていると、鈴良が労いの言葉をくれたので、その敬意に評して返答してやった。
「はは。それコトハ様には言わないようにね」
「わかってる。弄る時に言えばいいんだよね」
「わかってないよね、それ」
「じゃ、帰ろう」
「うん。そうだね」
なんだかんだでコトハは寂しがりだからな。早めに帰らないと。
ぼくと鈴良は教室を出て家へと直行した。
家へ帰ると、自称神様のコトハが昼間からお風呂に優雅に浸かっていたのか、タオル一枚でその卵肌の艶々(つやつや)で淡雪のように白い生まれたままの姿を隠して、腰に手を当ててコップ一杯の牛乳を銭湯の出たあとの一杯のようにグビグビと一気飲みをしていた。
ので、ぼくは。
「牛乳を飲み過ぎると、筋骨隆々な筋肉質になります」
と嘘を吐いた。
「──ぶふぅっ」
すると、盛大に口に含んだ牛乳を吹き出し、「けほっ、けほっ」と器官に入ったのか噎せてしまった。
思惑通り。
なんてかわいい生き物なのだろうか。
「……おぬしは何度儂を貶めたら気が済むのじゃ」
「え?コトハ様はふところが大きいから、許してくれるでしょう?」
「……くっ。まぁ、今回は儂のふところの大きさに免じて赦してやる。だが、次はないと思え」
「了解です」
敬礼をして敬意を表す。
本当、どうしてこんなにかわいいのか。
同じ台詞を何度も口にしているのに、プライドが邪魔して騙されて口車に乗るのだから。コトハが今の所一番好きだな。扱いやすさナンバーワンだから。
そんな様子を後ろで「……はは」と笑って見ている鈴良は見てないよーみたいな素振りをして自室へと行ってしまった。
ぼくも自室に入りに普段着に着替える。
明日も良き日になりますように。
ぼくはそう願い、コトハを次はどうして遊んでやろうかと考えていた。