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霧と化け物のハーモニー

作者: Daichi

 空洞の中を科学者と教授の二人が調査をしている。探検家のように装備を纏い奥へ奥へと目的地まで只管ひたすら歩き辿りつく。巨大な扉の前に様々な古代文字が彫られてある。これぞ21世紀の大発見だ。

「本当に開くんですか?」

 独りの科学者が教授に問う。その額には冷や汗がびっしりへばり付いていた、暗闇の洞窟でも懐中電灯の光でそれが宝石のよに光沢に輝く。

「大丈夫! 実証するだけだからこれは科学の躍進の為なのだよ」

 目の前に大きな扉を見上げながら探究心で倫理的思考が無くなった教授が、まるで神に成るように歓喜している。

「分かりました。それじぁ実証開始」

 科学者の手にしっかりと握られたビデオカメラで撮影しながら、鍵穴に三つの奇妙な形をした鍵を差し込み右から順番に回す。扉は内側にゆっくりと誰の手も借りず開く。すると当たり一面にみすとが流れ込み洞窟内は、白一色になり二人はお互いの場所が分からなくなった。

「教授どこですか?」

「ここだ、懐中電灯の光が八の字を描いているだろう?」

 そして、大量の〝何か〟が科学者の真横を通り過ぎ八の字を描いてる教授の方向に引き寄せられたように吸い込まれる。

「わああああああああああ! 助けてくれ!」

 教授の悲痛な叫びが聞こえ、気配が消える。科学者は、何度も教授を呼ぶが返事がない。脅えながら出口で助けを呼ぼうとした時だった。黄色い液体が彼を襲い上半身を瞬く間に溶かした。






エピソード① ―― ミストに包囲された学校 ――

 あんなに騒がしかった蝉も パタリ と姿を見せなくなった九月。相変わらずの灼熱に帯びた日差しは、テンションがた落ちな男子中学生に降り注ぐ。

 夏休みも終わり面倒な授業と再会しないと行けない事に憂鬱気味の成宮なりみや とおる。彼は小柄で中性的な顔立ちが高い頻度で女子と間違われるレベルの貧弱な少年だ。

「怠い! まったくもって怠い! いつも以上に行きたくねぇ」

 成宮の手帳を開くと夏休み序盤から終盤まで遊びの予定で埋め尽くされたスケジュールに、全てチェックが入れてある。それは微塵みじんも残さず遊びきった事を示していた。つまり宿題をやる時間なんて彼の頭には無かった。普段から学校嫌いな彼は、この諸事情から何時いつも以上の倦怠感けんたいかんを手に入れている。

「当たり前でしょう! 毎日コツコツやらないからよ」

「そうですよ! 亨ちゃんの悪いとこですよ」

 成宮の後ろで二人の幼馴染が正論をおっしゃっている。一人は短髪で元気溌剌な少女の新橋しんばし かおる。もう一人は木山きやま 聡美さとみでお淑やかな、これぞ大和撫子って感じだ。この相対的な二人は、お互いの価値観の相違から凄く仲が良い。どうやら違うからこそ面白みがあって楽しいらしい。

 このラブコメ的な羨ましい光景は、勿論もちろん成宮は嬉しいのだがやはりクラス内の男子を全て敵に回しており男子の熱い友情が手に入らないと言うデメリットがある。だから素直に喜べない。

「うるせぇーな! 学生の夏は限りがあるんだよ、小中高と行ければ大学しか無いんだぜ」

「だからってサボっていると、中学だけで終わってしまいますよ」

「……。そうだな、極論だなそれ言われたら俺なんにも言えないよ」

 木山の言葉は、優しいようで刺々しい畏怖いふを纏っていると成宮は密かに思った。



時刻 8:52 始業式

 ――「であるから、三年生は勉学に励み受験戦争に打ち勝ってください」――


 どこぞの物語重視のRPG攻略本並みに無駄な設定を語る校長先生は、体育館の蒸し暑さで体中の汗がシャツを透けさせて豊満な脂肪の胸が見え隠れしている、しかし中年男性の体に欲情する異常性癖なんて持っている者なんてこの場に居ないので、生徒達や先生達は目すら見ようとしていない。

 単独ライブのお話が終演して始業式はあっという間に終了する。しかし此処からが問題だった。

「ヤバいな~! どうしよう」今日何十回この呪文じゅもんを唱えたか分からないが、魔法使いの弟子的な経験があるわけない成宮に危機が容赦なく迫っていた。しかし、体育館から教室に戻る間での渡り廊下で後ろから新橋と木山が思いもがけ無い提案を提示してくれた。

「ねぇねぇ私たちの宿題見せて上げるから、その代り……。」

 思春期真っ盛りの中学生男子には、この女子の怪しげな笑みに妄想炸裂イマジンエクスプローションしそうになる。しかし、人生そんなに甘くない何事にもそれ相応の対価を支払わなければならない。どごぞの錬金術師も、その条件で結構苦しんだ決断を強いら下られた。

「分かったよ! 乗った! もう俺にはその条件ルールしかねぇ」

 だがこうする事でしか救いの道が開かれないのなら、自暴自棄に藁をも掴む思いで条件を呑む。

 そして教室に戻り一番後ろの席に座り机に向かって最初にする事。

 「うおーー! 唸れ俺の鉛筆ペンデュラム

 速筆は成宮の大得意とするスキルである。つまり何時いつもギリギリで宿題を終わらせたり、居残りで何十枚ものプリントに英単語を書かせられたりした正真正銘の劣等生と言う事である。

 しかし劣等生と思うて侮るなかれ、書き始めて十分間で成宮の宿題は四分の一を終わらせている。

 「ドン引きな必死さだな! 亨君」

 席がお隣の本庄ほんじょう 亮牙りょうがが机に両脚を組み無造作に乗せて成宮を横目で見る。

 筋肉質な強靭な体に長身で男らしい顔つきは、男性に好かれる熱い男だと一目で分かる。そんな本庄は、女子に囲まれ貧弱な成宮が羨ましく妬ましい限りだった。だから斯うして時々嫌味を言い貶めようとしていた。

「うるせぇーな! ガチガチのホモが!」

「なっ俺はホモじゃねぇーよ! 女子オンリーだし!」

「それはそれで、ドンマイな脳内回路だな」

 鉛筆を持った手が止まっているのを見て新橋と木山が怒鳴る。

「ホラ!手が止まってる」

「ほら!手がとまってますよ」

 重複ユニゾンされた怒声は、成宮に条件ルールを思い出す。

 あれだけ登校中に人の事を馬鹿にした癖にあの二人は、半分しか宿題をしてなかった。

 そして、都合よく相対した性格が宿題の進め方に多大なる幸運をもたらした。宿題を拝見させてもらう条件は、二人の宿題の空いた箇所を写し合わせる事である。

「よくよく考えれば写す量が2倍になっただけじゃねぇーか!」

 しかし、1からやるよりも写させて貰う方が何倍も速い事を成宮は理解している。逃げれない宿題写生地獄スケッチヘルに堕ちた成宮だが既に自分の分は終わらせてある。

「流石! 万年劣等生」

「やはり凄いんですね。劣等能力バカスキルって」

 蔑まれながらも責任感が割と強い成宮は、彼女達の宿題を写しまくる。担任の松村まつむら先生がホームルームに来るまで彼女達の口頭でカウントが始まる。

 3……2……1……。そして ガラガラ と古い引き戸を開ける。

 「……0。ギリギリセーフ! やった」

 成宮は電車が人身事故で遅れ時間ぎりぎりに取引先に行くサラリーマン並みに、焦りや重圧に耐えきり何とか間に合うことが出来た。これで居残りは無くなり今日の短縮授業を思う存分楽しめる(早く帰宅できるから)。


「先生! 成宮君が新橋さんと木山さんの宿題を見せて貰う事を条件に共同で宿題を終わらせました」

 メガネを掛けた如何にもな学級委員が、強倫理的思考の元に正論を松山先生にぶち込む。結果居残り確定にされた三人であった。

 あんなに大声で盛り上がっていたら正論派が黙って置かないのは至極同然の事だった。大きく三人は肩を落とす。

「こりゃ! 自業自得だな」

「あんた(亨ちゃん)の責任だからね(ですよ)」

 二人は、成宮を数時間責め立て今日の昼飯代を剥ぎ取って行ってしまった。それを横目に満足げな本庄が成宮を放課後まで見下していた。


時刻 13:12 2F補習室

―― 普通の教室より少し狭い室内に補習者〝六名〟が並べられた席に座って先生を待つ ――

「あぁ折角の午後の一時が補習室だとわな! こうなりゃやっとけば良かった」

 反省より言い訳に近い発言をしている本庄。意地っ張りな性格が窺える。それに成宮をあんなに執拗しつように見下していたのに自分も宿題をやっていない矛盾した態度で人より感覚がズレている事がわかる。

「けっ! 皆それが出来れば苦労はしないよ。なぁ! 月美河つきみかわ 実琴みことさん」

「辞めてくれ少年。僕は男の子なんだ、さん付なんて辞めてくれ! いつも言ってるだろ! 外見で判断しないでくれ」

「はいはい! それじゃ体を調べさせて貰いますよ!」

 クネクネ と指を動かしながら自称じじょう男の子の体に触れようとするが、新橋に顔面を蹴り飛ばされ撃沈げきちんされる。その理由わけは簡単だ。

 〝彼は彼女だからだ。つまり性同一性障害という奴だ〟小学校で成宮は一度同じクラスになった事があり、それ以降男友達的な存在となっていた。

「ジョークだよ! ジョーク!」

「それでも駄目でしょう? 月美河さんは、その……体は女の子なんだから」

 美少女である彼女は、新橋にとってもややこしい立ち位置の子だが、いつも成宮の変態的行為セクハラジョークを阻止している。何故か説明はあやふやに誤魔化しながら。

「女など、とっくに捨てている。体なんて幾らでも触らせてやるわ」

「本当! やっぱりお前は俺の一番の親友だーい」

 成宮は川に飛び込むように月美河に向かって飛んだ。しかしあっさりと避けられてしまう。

「だが、お前は僕の体が目的で有りそれは男同士のじゃれ合いを超越ちょうえつしている。そんな趣味僕には無いからな! 回避させて貰った」

 もっともな意見に成宮は、納得したしこれ以上やると新橋に殺されそうだったからだ。

「あらあら、仲良さげで羨ましいですわ」

 黒い髪をきながら微笑む。お淑やかでこれぞ日本の宝だと思う成宮。

 そうこうしてる内に教室に松村先生が、宿題とは別の課題を手に現れた。しっかり考えさせて自分の身になるように新しい課題をこなさないと帰れない事を知り本庄のダチで舎弟の崎村さきむら じょうが真っ青な顔で悲鳴を上げる。

「ちょっ先生! 冗談キツイっすよ! 宿題やりましょうよ! 無駄ですってその課題」

「家に帰って宿題の答えを写すよりよっぽど勉強になると思うけど!」

 若く新任教師なのに既に敏腕びんわん教師並の受け答えでその場を抑える。そして3列に並べられた机に丁寧にプリントの束を配る。

「さぁ! 皆今日は普通授業と思って覚悟決めなさい」

 突き付けられる厳しい愛の鞭は、素晴らしい教師像を描いてやって来た事がわかる。電車で年寄りに席を譲り、放置された財布は交番へ、路地に捨ててあるゴミをビニール袋で気が付いたとき率先して拾う。そんな偽善に満ちた人生を現在進行で歩んでいそうな正しくも危うい先生だ。

 「うぃーす」「分かったよ、まっちん(本庄だけが呼んでいるあだ名)」「ラジャー!」

「いつもながら良き先生だな」「分かったわよ!」「かしこまりましたわ」

 生徒は文句言いつつも指示道理言う事を聞く。それは先生の信念が以外にも心地よい事が影響していた。そして補習室は無言で黙々と課題を解いていく。


時刻 15:02 2F補習室

―― あれから2時間余りが過ぎた ――

 皆集中力が無くなり、眠たくなり、耐えれなくなった位に松下先生のアラーム音が鳴りだす。

「じゃあ休憩にしましょうか?」

 その言葉で一斉に皆は机に前のめりで倒れる。水族館でアシカショーの最後のお辞儀みたいに寸分も狂わずやられて松島先生は微笑しながら皆に提案する。

「何飲みたい?」

 この言葉で一斉に上体をお越し笑顔になる。それを見て先生は腹を抱えながら爆笑する。

「コーラ」「コーヒーもちろんブラックで」「ラムネ」「ノンアルコールのやつ」「ぐりーんだよぉーーー!」「先生の……。ウフ!」

 物凄いスピードで発言をしまくる一同に先生も全精力で答える。

「コーラとラムネにコーヒーブラックだね! ノンアルコールと叫んだ奴は買ってこないわよ! そして最後は何を考えたんでしょうね」

 これぞ大人の対応。そしてふざけた奴《崎村と本庄》と変態《成宮》もそれぞれの要望を正した。

「それじゃ休んでいて良いわよ! 先生1Fの購買部で買ってくるから待ってなさい」

 颯爽と駆け足で補習室を出ていく先生を見送り教室内で談笑を始める。

「本当に大人だよね! あんな大人になりたいな」

「そうですわね。薫ちゃん」

「僕は先生みたいな女性と結婚したいな」

「兄貴本当にいい女っすねっ」「そうだな、愛しのまっちん」

「良いケツしてるよね、俺ああ言う大人と……。あはぁ」

 個性豊かな発言も尊敬の声、願望、全て松下先生の事が皆大好きで最高の先生だと皆思っている。しかし、誰一人として宿題をやらなかった事を悔い改める者がいない。再発する事確定だ。


時刻 15:35 2F補習室

 単純に購買部から飲み物買って戻ってくるには、どう考えても時間がかかり過ぎる。この学校は設立100周年ともあって歴史ある建物でエレベーターなんて便利な移動手段は置いていない、通常階段から走って降りて戻って来るのに十分間で済むだろう。

「松下先生遅いですわね?」

「そうだね! どうしたのかな」

 木山と新橋が最初に心配の声を漏らす。不安が一気に教室の空気を変えた。古い学校だから壊れやすい所も残されてある。なんらかのトラブルに巻き込まれているのか無言状態が続いた。そしてそれを打ち破ったのは本庄の一言だった。

「おい! 崎村行って見てこいよ! ここで考えていてもしょうがねぇからな」

「おっす、分かったっす」

 崎村は チャラチャラ した鎖のアクセサリーをポケットから垂らして補習室の扉の前で。

「行ってきやす」「おう、行ってら!」

 舎弟と兄貴分の挨拶を交わして崎村は、外に出ていく。

「何もなければ良いのですけど」

「本当よね。それにしても静かだよね!」

 新橋がそう呟いた時、白い霧がグランド側の窓を一面真っ白に染めた。そればかりでは無く、廊下側の窓にも霧が充満している。咄嗟とっさの判断で月美河が「この空間を密封しろ! 視界が奪われる」と言い放つ。

 成宮、新橋、木山は、手分けして窓や扉を閉める。

「俺崎村を探しに行ってくる! あいつ小胆しょうたんな所あるからさ! 俺が行ってやらないと」

「駄目だ。霧が無くなるまで動かない方がいい、殺人鬼が仕組んだ事だったらどうするんだ」

 文庫好きの月美河が、危険だと霧の向こう側を想像イメージで語る。しかし、本庄には逆効果だった。

「何言ってやがるんだ! 女の癖に僕なんて使いやがって妄想の中でしか息出来ないんだろう、殺人鬼? そんな訳あるか俺は行かせてもらう。先生の事も有るし! ほらどけよ」

 月美河を押しのけ本庄は、外へ向かうが補習室の扉を開けた瞬間流れ込む霧の冷たさに押し戻される。しかし舎弟でも有り友でもある城崎の為、霧の中に飛び込む。

「閉めろ! 霧が入ってくる」

 月美河の指示で急いで扉を閉める。罵倒された彼女(彼)は傷ついていた。言われた事でじゃ無い、非現実な今を楽しんでいた自分が許せないのだ。

「僕喜んでいた、こんなに濃い霧が僕らを囲んで巻き起こるサスペンス展開を心から」

「大丈夫だよ! 月美河、誰しもそんな非現実を望んでいるのさ」

「本当か! 成宮! 僕悪くないのか」

「ああ! 泣くなら俺の胸の中へ飛んできな~!」

 成宮は、両手を広げて月美河に自ら抱きつこうと飛んでくる。しかし、やはり、もちろん顔面膝蹴り《シャイニング・ウィザード》で新橋の技が炸裂する。

「こんな状況で良くふざけられるわね! 信じられない」

 不謹慎ふきんしんと言い放つと月美河を抱きしめる。華奢で背の小さい彼女をすっぽりと包み込む。

「ごめんね! こんな馬鹿がこんな時に」

「僕は大丈夫だよ! 元気になったから」

「えっ?」

 そう聞き返した木山の胸を月美河は、思いっきり揉んでいた。そう彼(彼女)は男で成宮へんたいの男友達なのだから、類は友を呼ぶ理論で女性に対してなら成宮以上の変態である。

「きゃあーー! この変態!」

 木山はビンタを繰り出す為に腕を大きく振って全身全霊ぜんしんぜんれいで振りかぶる。

 バチン!

 教室中に響き渡る。「あ~れ~! 今何してたっけ僕たち~!」吹っ飛ばされながら現状を思い出す。頭から落ちる月美河を友達の成宮が危機一髪ききいっぱつで助けた。

「冗談はさておき、これからどうするか……。うわぁー!」

「なんだ。あの尋常じゃない大きさの怪物は!」

 二人が見ていたグランド側の窓を木山と新橋も見ると驚愕した。窓ガラス一枚隔てて直ぐ向こう側に巨大な丸みを帯びたダンゴ虫とも似てるような影がうごめいていた。

 そいつがゆっくりと左に移動し補習室の窓から消える。殺人鬼よりも非現実な怪物を目の前に慄然りつぜんして震えていた。

「これ洒落になんねーよ! 先生達探して職員室の電話で警察に知らせないと。いや自衛隊の方がいいのか?」

「落ち着けまず僕が、男になる方法を考えようよ」

「馬鹿じゃないの! これから皆でシェイプアップしましょう」

「皆さん、落ち着きましょうね! 亨ちゃんの考えを採用しましょうか、まず職員室を目指した方が良いわ」

 冷静沈着な木山のリーダーシップにより目的が決まり、誰が行くのか決める事に。

「とにかく教室に残る『待機組』と職員室に行く『捜索組』に別れましょう! 濃い霧の中戻ってこれるように『捜索組』がミシン糸(裁縫セットを木山は、いつも鞄に持ち歩いている)を腰のベルトを通す所に糸を結んで職員室まで行き結ぶ。これを基盤として樹系図ツリーダイアグラムみたいな方向認知手段を創る、そうすればこれを辿って崎村も本庄だって気づくかも知れない。松下先生ならすぐ私たちの意図を分かってくれるはず」

 木山のアイディアにより、待機組と捜索組に別れる事にした。

 捜索組には成宮が独りだけ。待機組には木山と新橋と月美河の三人。

「ちょっと待てよ! 俺だけ一人って可笑しくないか?」

「違うの! 『待機組』の仕事は糸の管理や樹系図ツリーダイアグラムの拡大および糸の種類分けで人手がいるの! 後、男の子でしょ! 文句言わないの」

「お、おう分かったよ。そういう理由なら」

 木山の甘え声と上から目線の態度のギャップに照れながら渋々了承する成宮。そして出発の準備を開始する。



時刻 16:04 2F補習室

 木山に指示通りに俺はズボンのベルトを通す所に糸を結び付け懐中電灯(停電用)を握りしめ扉の前で、彼女らに送り出され扉を開ける。

「冷たいっ! 本当に前が見えない」

 視界ゼロで感覚だけで職員室を目指さないといけない俺は、内心ビビりながら一歩を踏み出す。後ろでは早く行けとか扉閉めろとか散々言われているけど、気にしないようにしている。


時刻 16:08 2F廊下

 ここが廊下なのかすら分からない状況で壁伝いに階段を目指す俺。

「たくっなんなんだよ! この邪魔くさい霧」

 気体に怒鳴る事を人生で体験するとは思っていなかったが、そんな事はどうでも良い。

 壁の凹凸で何処の壁か何となく分かる。古い学校だから改装した所としてない所で材質の違いが素人の俺でも分かった。無音の学校は、そもそも俺らと先生数名しか居ないから当然なんだと気付く。

 トイレの前まで来た時に、一葉トイレも糸引っかけて置いてやろうかなと思い中に入る。トイレの中も全然見えないが壁に目の前まで近づけると辛うじて鏡が見えた。

「ここが洗面所か、しょんべんでもするか!」

 そう思い俺は、手探りで陶器を探す。外側を べたべた 触って中心に立って用を足す。すると足で何かを踏んだ気がした。用を足し終わりそれを拾ってみると、上履きの右側だった。名前の欄を見てみるとそこには、〝崎村 城〟とネームペンで汚い字で書かれてあった。

「これって崎村のじゃねーか! でもこの辺りには誰もいないから忘れて行ったのかもな」

 上履きは、汚かったのでその場に戻しトイレを後にする。勿論手を洗い終わってね。

「でもグランドに居た化け物ってなんだったんだろう? 木山は気のせいだと言うけれど」

 階段を見つけ慎重に手すりを辿って降りる俺は、老後生活ってこんな気持ちなのかなと思いながら降りていた。



時刻 16:21 1F職員室前

 なんとかここまで化け物には、会わずに来れたけど〝人にも会わずに来ている〟事に気づく。学校内に人が少ないと言え事務員なども居るはずだ。しかし誰一人として遭遇そうぐうしない。声も聞こえない。まるで霧が音を遮断しゃだんしているようだった。

「兎にも角にも! 職員室で先生を見つけて警察か自衛隊に電話しないと」

 ガラガラ と職員室の扉を開ける俺の目に飛び込んできた光景は、悲惨だった。


時刻 16:23 1F職員室

 全員で7名の教師が首を無くして死んでいた。血は出ていない。綺麗に頭が無くなっている。一様全部の屍の脈を計り生きていない事を確認した。血だらけじゃない事が幸いして混乱パニックを起こす事は無かったが、誰が誰だか分からない状況で松下先生を特定することは出来なかった。

「電話もこれじゃ使えない! 携帯電話も全部県外だ」

教師が持っていた携帯電話を全て使用してみたが、電波すらも遮断しているみたいだった。希望の光が潰えた。室内にあった食料(教師用棚や冷蔵庫に入っている。私物であろう食べ物)を避難用のリュックに詰めてその場を離れることにした。とにかく直ぐにその場から立ち去りたかったので淡々と作業をするように効率よく目的を果たした。


時刻 16:41 1F校長室前

 階段とは反対方向だったが、初めて霧の中で助けを求む声が聞こえてきた。俺が考えた霧の概念は崩れ去ったがとても嬉しく人の気配を感じて直ぐに駆けつけた。しかし其処には蜘蛛の糸で ぐるぐる 巻きにされて苦しそうにしている校長の姿だった。その姿で化け物の種類が分節化され一つの概念が作り上げられる瞬間だった。

 超B級映画に出てきそうな巨大蜘蛛に捕まり餌にされようとしている姿で、昆虫型の化け物かもしれないと仮説を立てる。

「しかしなぁ~!」

 校長そっちのけで自分の中で論争を行っていると、校長先生が涙声で叫ぶ。

「ちょっまず助けるのが先でしょうが!」

「あっすみません、忘れてました」

「ちょっ困るよ君」

 手で ぶちぶち 糸を引き裂くと校長は内臓脂肪型肥満メタボリックシンドロームのお腹で俺を押しつぶすように倒れる。

「痛っ! 早くどいてください」

「すまなかった。助かったよ」

「あの……どうしてこんなことになったんですか?」

「それがね、びっくりしないで聞いて欲しいんだけどね! なんと巨大な蜘蛛に襲われたんだよ」

 気持ちは痛いほど分かるが、校長先生は少年のように わくわく していた。しかも本当に巨大蜘蛛の仕業なんてオチに俺も驚けない。

「びっくりしないの? 最近の若者は精神面メンタルが強いんだねぇ」

「いえいえ、予想的中ジャストミートした答えなだけにシラケただけですから」

「あぁ~そうなんだ。君頭良いね」

 霧の中で二人っきり話し込んでても仕方がないと判断した俺は、すぐさま腰に繋がれているミシン糸を辿って教室に戻ろうとする。

「君置いてかないでよ~!」

「あっ忘れてた! 最初に言っときますけど俺そっち系の趣味はありませんからね」

 変な雰囲気を振り払う、女の子に対してなら変態扱いでも構わないが中年男趣味ガチガチのホモの変態だと思われるのは凄く自分が難儀な為、否定の一呼吸ワンクッションを置いて校長の手を握る。

「おっおう! 分かってるよ。私は家内も娘もいるからな大丈夫だよ」

 しかし、嫌な事に校長は初デートで先輩に引っ張られる少女みたいに赤面しているようだ。

 一呼吸ワンクッションは必要なかったなと感じた俺だった。そして補習室を戻ろうとした時だった。

「ちょっ保健室で胃薬欲しいんだけど」

 校長がお腹を片手で抑えながら立ち止まる。保健室の場所は校長室から真逆の方向だったが、簡単に薬を揃えて持っている事も必要だと判断した俺は、その提案を採用する。


時刻 16:58 1F保健室

 保健室は、鍵がしっかりと閉められていたので俺は匆匆そうそうの間に脚でぶち壊す。校長先生が非常事態だから思いっきりやって良いと言われたので、滅多でやる事は無いであろう不良漫画登場シーンみたいに派手に蹴り飛ばした。

「さて、中は大丈夫みたいだな」

 霧が侵入して無いので澄み切った視界で、乾いた喉を天然水ミネラルウォーターで潤すように清々しい気分になる。今までの濁った映像で五感の特殊感覚が麻痺していたので水を浴びた魚のようだった。

「胃薬胃薬! えっとえっと」

 俺は保健室の壊された扉を戻しつつ、棚から あたふた しながら薬を探す校長を尻目に消毒液アルコールや黄色いガーゼ《リバガーゼ》の瓶と簡易的な救急箱をリュックに詰め込む。

「先生ごめんなさい! 後で必ず戻しときます」

 最後に先生の煎餅せんべい金平糖こんぺいとうなども一緒に入れた。リュックはハムスターの溜め込んだ頬のように膨らみを増していく。

「ぷはぁー、助かった~!」

 胃薬を飲みほした校長は、薬を飲んだと言う安心感で気分が良くなっていた。しかし飲みほした直後に体全身に赤い斑点はんてんが浮き出て次第に充血したように真っ赤に染まる。

「何! 何! 何! これ何!」

 混乱し成宮に向かってきた。驚いた成宮は後ろに下がり気持ち悪い様子を呆然と眺めるしかできなかった。

「助けてよ! 助けてよ! うぎゃぁ」

 一気に首元が破裂する。 ぱちん その刹那に首元から大量の子蜘蛛が群がりながら全身を覆いかぶさり徐々に校長の質量が小さく縮小されていく。小型犬ぐらいのスケールになった所で部屋中に子蜘蛛は散らばって行った。

「うわわわぁーーーーーーーーーーーーーーー! どうなった? 校長は?」

 まだ状況が把握出来ない成宮は、その場の空気が恐怖になり急遽きゅうきょ保健室から飛び出して逃げ出した。再び濁った霧の世界に飛び込んだ成宮は、嗚咽おえつ嘔吐おうとしそうになりながら階段を駆け上がる。

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