第9話 彼一色
私には大きな夢が出来ていた。
大学に入って私はずっとエステサロンでアルバイトをしていた。
オーナーが母の知り合いで始めは受付を頼まれていたのだが
美容に興味を持っていた私はオーナーの薦めもあり
技術を習い最近では顧客まで持てるほどになっていた。
オーナーは私の技術を認め大学を出てから
本格的にフランスでその技術を磨かないかという提案を受けていた。
私にとって願ってもない申し入れだっだ。
上手くいけば日本人客ように現地に店を構えることまで
計画に入っていた。
私は日本にもう戻らないことになる。
私はその申し出を受けることにした。
慎太郎はいつものように30分の遅刻をして現れた。
「おう!」
何も変わらない。
いつものカフェで慎太郎は私に何も聞かずに注文する。
「アイスミルクティとコーヒーホットで。」
私がいつも頼むアイスミルクティ。
胸が詰まる。
「私ね」
勢いよく出た噴水のように私は話出した。
「大学卒業したら、フランス行くの。」
私に迷いはなかったのだ。
「えっ!?」
一瞬、時間が止まる。
「なんて?」
「フランスに行くの。」
強く言う。
沈黙が流れた。
「行くな」
慎太郎が私に言った。
「分かってると思うけど俺はおまえが必要なんや。」
自然に私の目から涙が溢れた。
「ごめんね。」
私にはそれしか言えない。
これまでの人生で私は大した生き方なんてしてこなかった。
でも、ただ自分だけは厳しく生きていた。
自分が決めた事は必ず守る。
これが私が決めた掟だった。
私にとってどんなに嬉しくて
どんなに聞きたかった言葉か分からない。
でも、私が私を許さない。
家に帰っても暫らく何も手につかなかった。
数日して、出発の準備を控えて私は服の整理をした。
私の洋服入れは真っ黒だった。
慎太郎の好きな色。
彼が似合うと言ってから私は黒の服ばかり選ぶようになっていた。
彼に合わせた高めのヒール。
心理テストの本。
全てが私の好みではない。
彼が全てだった私。