第1話 出会い
「なんかしゃべれよ。
せっかく時間作ってんやから」
ぶっきらぼうに慎太郎が言った。
それは2週間ぶりに扱ぎ付けた念願のデートの車中での会話だった。
「そだね。久しぶりに会えたのにしゃべらないと
時間が勿体ないよね。」
私は必死に言葉を発した。
運転する彼の顔をチラっと見る。
それだけで私は胸が熱くなり頭が真っ白になって言葉が出なくなってしまう。
彼に出会って3ヶ月。
私のプライドも心も傷だらけになっていた。
残ったのは彼を好きというどうしようもない気持ちだけ…。
彼に出会ったのは大学生になった最初の日曜日。
友達になった由美と興味本意で行った新歓コンパだった。
いったいどれくらいの人が来ているのか分からないほどの店内。
大音量の音楽が流れ暗い店の中にいくつもの水槽が置かれて怪しい光を放っていた。
私達はカウンターのテーブルの中を泳ぐコバルトブルーの魚に見とれていた。
その時、背後から
「楽しんでる?」
と言う声がして振り返った。
そこに立っていたのは漫画の世界から飛び出してきたようにキレイな顔立ちをして
また、立ち姿も軽く180cmはあるスラっとした細いけどがっちりとした
見ているだけで眩しい存在感を放つ男の子だった。
誰が見ても間違いなくカッコイィ〜となるだろう。
私はとっさに
「はぁー」としか返せなかった。
「こんな所おったらアカンやん!
もっとこっち来て飲も♪」
私はその人に目線が釘付けになったまま沢山の男女が
集まるテーブルへ移動させられていた。
私と由美の登場に男達はまるで花の蜜を吸いにきた虫のように
集まってきた。
「名前なんてゆーの?」
「どこの大学?」
「何歳?」
中にはお見合いのように
「ご趣味は?」
と聞いてくる男もいた。
由美は他の女の子を差し置いてチヤホヤする男達に
気分を良くしたのか私の分まで答えて上機嫌になっていた。
私はそれどころではなかった。
さっきの人の事で頭の中はいっぱいで周りが目に入らない。
どの男もジャガイモに見える。
どこに行ったの?
彼の事が知りたい!
私の中でこんなにも熱く強い感情を持ったのは初めてか、
もしくははるか昔の事だ。
久しぶりの言葉にならない緊張で私の心臓はいつ破裂しても
可笑しくないほど熱くなっていた。
しかし、彼の姿は消えていた。
探しに行くにも男達に囲まれて出る隙間もなかった。
仕方なく彼らの会話に合わせて聞かれるままに携帯番号を教えた。
彼らとの連絡は授業中や行き帰りの電車など退屈な時間の
暇つぶしに都合がいい。
1時間ほどすると門限が厳しい私は時計ばかりが気になる。
もう帰らなければ…。
でも、もう一度会いたい。
すると、店の中心で全体を見渡す彼の姿は目に飛び込んできた。
私は思わず立ってしまった。
「どーしたの?」
隣の男がびっくりして私に聞いている。
私は完全にこの広い店内で彼しか見えていなかった。
彼が私にきずいて目が合った!
私はとっさに手招きした。
それを見て私の所に来てくれる彼が堪らなくカッコ良く見える。
「何?どうしたん?」
優しい口調で私に尋ねた。
「私、もう帰らないとダメなんです。」
「えっ!?マジで?
まだ9時やで?」
「門限が厳しくて」
「そーなんやぁ〜。
家遠いの?」
「はい」
「そっかぁー!!
家近いんやったら送ったろうと思ったんやけど
遠かったら、店抜けたんばれるからアカンわ。」
「お店の人?」
店抜けると言う言葉に反応して聞いて見る。
「俺?
そうそう!スタッフ」
「じゃぁー駅まででいーから送ってくれる?」
私の精一杯のわがまま。
「えーよ」
「やったぁ」声と心が一緒にしゃべった。
一段と盛り上がっている由美に帰る事を伝えてそっと彼と店を後にした。
店から駅までは10分とかからない。
その中で私たちはお互いの名前と歳と教え合った。
彼は私より2つ年上の大学生でさっきの店でバイトしているらしい。
1通りの紹介が終わると会話が途切れた。
その時、私は寂しくなった。
何が寂しいのか分からない。 彼はこんなに近くにいるのに
切なくて堪らない。
自分でも理解できない感情が一気に私を襲って
私はパニックになりそうだった。
横断歩道が青に変わった。
黙っていた彼が
「渡んで」
そーいって振り返った彼の顔に胸の高鳴りが抑えられず
気づけば彼の腕を掴んでいた。
今日会ったばかりの男の腕にすぐ腕を絡めるなんて
軽い女って思われるよと私を止める心の天使は存在しなかった。
「えっ!?何?
恥ずかしいやん!」
びっくりしている彼の声。
でも私は恥ずかしくって彼の顔を見る事も今さら腕を解く事もできなかった。
それ以上、何も言わない彼。
気がつけば地下鉄の駅に着いていた。
ここで別れようと彼から離れて
「ありがとう」
と言うと
「俺も寂しがりやから下まで送るよ。」
そう言って一緒に階段を降りてくれた。
私が寂しがりってどーして分かったの?
そう思いながら階段を降りていると階段を踏み外した。
「大丈夫?」
とっさに強い力で引き上げてくれた。
私の心臓は彼に聞こえないか心配になるほどドキドキしていた。
改札の前まできたとき改めて私は
「ありがとう」と言った。
すると彼は
「今日の出会いが俺にとっても
雪ちゃんにとってもイイものになったらいーな♪
また、今度な!」
私が見えなくなるまで私を見送ってくれた。
この時こんな数時間で彼は私の全てになっていた。