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九夏 誘蛾灯の有効活用



 とりあえず、ぴちぴちのTシャツとハーフパンツではあまりにもあんまりなんで、近所の幼馴染が居る家で服を借りることにした。

 見るからに185cmはありそうなアシュールだけど、幼馴染も180cmくらいはあったから、丁度よかった。

 その幼馴染も私と同じく県外の大学に通っていて今は不在みたいだ。だから直接は頼めなかったけど、おばさんにちょっと入用だからと伝えると何だかニヤニヤしながら貸してくれた。……とんでも勘違いはよしてね、おばさん。


 服の方は、一先ず見られればいいから白Tシャツと黒ベスト、麻生地の白ズボンというシンプルな組み合わせをパパッと選んでアシュールに渡す。

 状況の飲み込めないアシュールは困惑顔ながらも、言うとおりに着替えてくれた。

 しかし身長は然程変わらないというのに、ズボンの裾が微妙に足りないという。小癪な。

 仕方がないので少し裾をロールアップさせて、何とか自然な感じになった。




 電車で5つほど先の駅まで出た。私の実家は田舎なので、そんなにお店がないのだ。駅を5つと言っても、一つの駅と駅の間が5分以上あるので、結構な距離を移動していることになる。

 まあ、そんな田舎事情はさておいて。

 目的のお店を探して歩く中で、早速問題が。


「……」

「……」


 ……何だろうな、この、気持ち悪い感じ。


 何が、って、私たちの後ろが、だ。

 私たちは普通に歩いているだけなんだけど、背後には何故か少しずつ少しずつ、ときには大量に、足音が増してきている。振り返るのが怖い。


 何この怪現象。


 夏イベントは夏イベントでも、心霊現象はお断り! お化け屋敷も真っ平御免の私は、背後で起こっているであろう怪現象に鳥肌が立つのがわかった。

 まあもちろん心霊現象なんかじゃないんだけど。

 さっきチラリと見たら、明らかに異常なほど大量の人たちが、少しだけ遠巻きに私たちの後ろを歩いて来ていた。目の端に、すれ違った人がUターンして私たちの後ろへつくのが映ったときは、本気でギョッとした。

 怖くない? 怖いよね?

 今までこんなこと一度だって経験したこと無いよ。

 後ろに連なる人だかりはほとんどが女性で、ときどき男性もいる。

 わらわらと私たちの後ろをついてくるその人たちは、夏の日差しの所為なのか、別の理由からなのか、誰も彼もほんのり頬をピンク色に染めている。……熱中症か? 実際、途中で倒れて離脱していく人もいる。何に中てられたんだか。

 逆上せ上がったような顔の彼女たちが夏の太陽よりも熱い視線を送るのはもちろん私ではなく、私の隣でのんびりと何事も無さそうに歩くアシュールにだ。


 まあ要するに、明らかにアシュールの美貌に引き寄せられているってわけ。


 なのに、アシュールときたら。

 本当に全然周りの視線なんて感じた風もなく、涼しい顔で歩いてらっしゃるんだから……。こんちくしょうだよ全く。

 ソワソワと落ち着かないのは私だけ? アシュールはこんな視線には慣れてるってか?


 こちとら、 本 気 で 迷 惑 だ し 。


 何ていうかね、私にも刺さるわけ。視線の矢が。あの女はあの方の何なのよ、的な矢が。ホント、拡声器でも使って言ってやりたい。


 私は、ただの、シンデレラの姉、です。


 と。


 私は夏の太陽の暴力的なまでにジリジリと突き刺さる光は好きだけど、視線の矢で弁慶並みに串刺しになるのは好きじゃないっていうの。立ったまま死ぬとか嫌だ。

 もうね、あれだね。

 後ろに群がる人たちは、蛾だと思おう。

 燐粉みたいに化粧やら日焼け止めやら香水やらを塗りたくった、蛾。実際、何だか色んな香りが混じった毒々しい空気が背後には流れている気がする。集団怖い。

 それで、間違いなくアシュールは誘蛾灯だわ。

 そこまで考えて、ハタと気づいた。


 そっか、誘蛾灯だ!


 そもそも、誘蛾灯の目的は蛾とか光に寄ってくる他の害虫なんかを引き付け駆除するというものだ。

 つまり、誘蛾灯アシュールには離れたところで歩いてもらえばいい。駆除は出来ないだろうけど、引き付けることは出来るよね!


 思い立って直ぐ、私は隣を静かに歩いていたアシュールに向き直った。足を止めた私に気づいて、アシュールもこちらを振り返る。小さく首を傾げるヤツを見据えて、私は言った。


「アシュール、今から私が十歩進んでから、歩いてきて」


 十歩も離れて歩けば、私への視線も逸れるだろう。これで、私がシンデレラの姉から弁慶になりかけていたのも回避できるというものだ。

 いい考えにホクホクしながら、私はアシュールの返事を待つことなく歩き出した。


 しばらく歩いてからチラリと振り返ると、ヤツは律儀に十歩ほど後ろを歩いていた。

 うん、私、アシュールのそういうところは好きだよ。素直でよろしい。

 視線から解放されて上機嫌だった私だけど、それほど歩かないうちに違和感を感じた。


 何か背後に気配が……。


「……。――っ!!」


 振り返った私は思わず悲鳴を上げそうになった。


 アシュール! 何でそんな真後ろにいるのッ!!?

 さっきまで十歩の距離をきちんと保って歩いていたじゃないか!!


 思いっきり跳ねた心臓を宥めて、心持ち上がった息も整えてから、アシュールを睨む。ヤツは“どうかしたのか?”みたいな顔でこちらを見てきた。こっちの台詞だ。


「アシュール……。十歩後ろをついてきて、って私、言わなかった?」


 死ぬほど驚かされてイラッとはしていたけど、冷静に聞いてみる。ちょっと引き攣り気味でも笑顔まで浮かべて優しく聞いてやったっていうのに。


「……」


 アシュールは暫く沈黙した後、おもむろに私の足元を指差した。つられて視線を向けると、今度はアシュール自身の足元へ指先を持っていく。


 だから何なのよ。


 訳が分からなくて、問うように視線を上げたら。

 ヤツの顔は小憎たらしい片頬笑いに歪んでいた。


 おいコラ。だからその顔は何なのか、と。


「-------、---------。----」


 完全に笑顔を凍りつかせる私に向かい、アシュールが何か言った。

 芝居がかった困り顔を見ていて、何となく意味がわかった。

 きっとこうだ。


 “足の長さが違うから、気づいたら追いついてた。悪いな”


 で、間違いない。

 言葉の意味に気づいた私を察したのか、さらにヤツはフッと鼻で笑った。




 …………。




 顔はやめてボディにするから。





 一発お見舞いしてもいいですか?








少し変えてありますが、最後の方のフレーズに気づく方はいらっしゃるんだろうか。

私もリアルタイム世代ではないのですが……。



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