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五十夏 シンガイ、心外、侵害!


夏です。海です。暑い、はずです。






 これは肖像権の侵害のうちに入るよね? 入るでしょ。いや入るな絶対。

 せっかく法律をきちんと勉強している人が近くにいるというのに、生憎あの人は今、海の中からこちらを監視中だ。

 しかし海の中から浜辺を監視って、特殊すぎるライフセイバーだな。誰のライフをセイブするつもりだ? あ、自分のライフか。なんかやたらと動くなとか問題起こすなとか言ってたもんね。

 つまり、私達が壱樹のライフを脅かすような問題を起こすとでも? 心外だ。非常に心外である!

 ――って、あれ? いつの間にか脱線してる。シンガイはシンガイでも、今は肖像権の侵害についての話だった!(オヤジギャグとか言わないで。)

 とにかく、壱樹はこちらの監視をしているとはいえ会話はできないから、あいつに肖像権の侵害について判断を頼むことはできない。肝心なときに側にいないやつである。この役立たずめ。

 しかし、明文化されていないけど法律上認められている権利、なんていう曖昧なモノを主張するよりも、もっと手っ取り早く気持ちをすっきりさせる方法はあるのだ。

 私はアシュールの顔面へ投げつけたノートを拾い、踊り子が描かれたページをビリッと切り取ってさらに細切れにしてからゴミ袋に全力投球した。

 上手い絵だろうとこればっかりは惜しくはない!


「…………」


 アシュールがゴミ袋を残念そうに見やるが気にするもんか。


「…………」


 き、気にする………もんか!


「…………」


 …………え、そんなに残念なの? 何が?


 でもちょっとやり過ぎた?

 あんまりアシュールが名残惜しそうにゴミ袋を見つめているから戸惑う。

 からかい目的に描かれたものだとはいえ、本人の目の前でビリビリにするのはよくなかったかもしれない。

 いやでもね、だって……。アシュールの描く絵はリアル過ぎて、何かものすごく羞恥に襲われたんだもん。

 雑誌のグラビアアイドルの顔を摩り替えるような、それとわかる悪戯よりも、継ぎ目のないイラストの方が性質が悪いと私は思う!

 絶対にありえないコスプレをさせられた気分。と言えばわかってもらえるだろうか。

 それはもう、あんなものを壱樹に見られた日には、即行で一人暮らしのアパートに帰って、壱樹のアドを着拒した挙げ句しばらくは実家にも寄り付かなくなる、くらいには恥ずかしい絵だった。あるいは、豆腐の詰まった壱樹の頭を、中身がそぼろになるまでシェイクして、軽ーく記憶喪失になっていただくか。

 大げさじゃないよ、こういうのは、小さい頃から自分を知っている人に見られることほど恥ずかしいんだから!

 実際、中学の修学旅行のとき、どこかの写真館でみんなに流されて、ねずみの夢の国のプリンセスが着そうなドレスを着て拙い化粧をして記念写真を撮ってもらったことがあるけど、あれを壱樹に見られたときは、本気で幼馴染みの縁を切ろうかと思ったし。

 ご存知のとおり、切ることのできなかった縁はただいま腐っておりますが!


 まあ、そもそもアシュールの描いた踊り子は身体がどう見ても私の貧相なそれじゃない、とか、そのあたりは藪蛇になりそうだったから突っ込まないでおくとして。

 どんなにアシュールが破かれた絵を残念に思っても、あんなものを世の中に残してはならん! 私にとっては、いくら地中深くに埋めても何百年先まで危険物として残るウランと同じ! 発電しない分、なお悪い!

 そう思ったら、やり過ぎたかな、なんて思った気持ちも彼方へ吹き飛んだ。

 これはもう、アレだよ。

 私は両手を腰に当てて、精一杯のしかつめらしい顔を作ってアシュールを睨み付けた。


「次にこんな悪戯したら、しばらく口利かないからね!」

「!」


 咄嗟に口を突いて出た台詞がコレ。

 何コレ、私って今何歳でしたっけ?

 自分で自分に悲しくなった。

 どう聞いても小学生の主張だったけど、でもアシュールには効果があったらしい。

 目を見開いたアシュールは姿勢を正し、急に真面目な顔を作って頷いた。

 いまだ、腰に手を当てて偉そうに胸を反らして座る私と、神妙な表情で向かい合って座るアシュール。


「…………」

「…………」


 なんだろう、この微妙な空気。

 いやたぶん、私だけが感じているんだろうけど。

 そんなに重く受け止められると困ります。今時、口を利かないなんていう強がり、小学生でも鼻で笑うと思うのに。

 そんなに私と喋りたいの? 自分は日本語喋れないのに? アシュール、あんたって私のこと大好きね!

 ……なんて、冗談も言えない雰囲気なんですが何故。

 居た堪れない。


「-----。--------」


 恐らく、悪かった、みたいな謝罪らしき言葉とともに小さく頭まで下げられてしまった。

 急な空気の変化に一人動揺して、海水で濡れた白金の頭頂部とゴミ袋をうろうろと眺めてしまう。

 先程までドタバタな海水浴をしていた私達とは思えない状況。周囲の小さな子供のきゃっきゃとした笑い声が遠い。


「…………」

「…………」


 ――あ、そっか。


 パラソルの日陰でもジリジリする暑さにも負けず、どう返そうか考えていて気付いた。

 『口を利かない』にアシュールが敏感に反応するのは、一時期の喧嘩が原因じゃないだろうか。

 ちょっとばかり身体を触られたくらいで怒り心頭、アシュールに冷たく当たってしまったワタクシ。

 知らないうちにトラウマ的なものを植え付けていたかと思うと、急激に申し訳なくなってきた。

 申し訳なくはなってきたんだけど、どうすべきか。いや、許してあげればそれでいいのはわかってる。

 でも、ただ許すのも私らしくないような。私のこの、怒っています、を表現した腰の手が、そこはかとなく意味のないものに。

 ここは小学生発言しただけに、前へならえ! とか言っとく? あの、整列の一番先頭の人だけができるあの体勢。私は中途半端な位置にばかりいたから、昔は憧れたなー、あの体勢。

 あ、また脱線した。

 うーん……。


 悩んでいたら、アシュールがチラッとこちらを見た。群青の目が心持ち私の顔色を伺ったあと、ほんのちょっと頷いたような気がする。……なんだ?


「――わっ!」


 いきなり、前へならえをしていた――じゃなく、怒りを表していた腕をぐぃっと引かれて、バタッ、とレジャーシートに倒された。アシュールめ! さっきまでの殊勝な態度はどこへやったの!


「何す――、っ!」

「--、---」


 シートの下は砂浜だから別に痛くはなかったけど、前触れのない行動にまたしても反発心を沸き上がって来そうになる。でもその直前、さらなるアシュールの奇行に言葉を詰まらせてしまった。不覚! そして近っ! いったい今度は何!


「――……」

「…………」


 横向きに倒れた私の目の前にはアシュールの肌荒れ知らずの顔。白すぎ。肌目細かすぎ。睫毛長すぎ。毟らせろ。

 ……じゃなくて!

 アシュール、あんたまで何故に横になっているのでしょうか? そしてどうしてこっちをジッと見ているんでしょうか? 自主的に目潰し希望でもしているの?


「…………」

「…………」

「……っ」


 ぺしり。

 真意を探ろうと、黙って銀河みたいに星の散る虹彩を凝視していたら、大きな手に目元を覆われてしまった。

 じっと見られて恥ずかしくなったの? だったら離れればよかったのに。意味わからん。

 反射的に目を瞑ってしばらく。アシュールの手がそろそろと離れていった。


「!」


 手が離れたから、また反射的にパッと目を開けたら、アシュールの手にまたしてもガバッと目を覆われる。

 ――ちょっと! 今、ペシッて音がしましたけど!?

 というか、もう本当に何がしたいかわからないけど、目ぇ瞑れやコラァ、ってこと?

 でも私としては、至近距離に人がいるのに目を瞑るとか危険すぎるので遠慮したい。……いや、流石に今までの流れで、アシュールがいやらしいことしようと思っているなんて思わないけどね。

 しかし私にだって人並みの警戒心くらいありますよ。あと常識も。あるある。めっちゃあるよね、常識! ――なんだろう、多方面から疑いの目が向けられた気配が。おかしいな、壱樹も孝太たちも海の中なはずなのに。

 あ、また手が離れた。

 当然、目を開けますよね、私。


「!」


 ベシッ。と。

 これまた目を覆われて。

 イラッ。と。

 当然、フラストレーション溜まりますよね、私。

 はい、手ぇ離れましたー、目ぇ開けまーす、すごい勢いで目ぇ押さえられますー、イライラッとしまーす。

 みたいのを何回か繰り返した。うん、我慢したんです、私。だって、なんか申し訳ないなあって思った部分があったからね。今となっては何を申し訳なく思ったのか忘れそうだけど。いやいや、まだ忘れてません!


「――もうっ! 何なの、アシュール!?」


 なので、軽いトラウマ的なものを植え付けてしまって申し訳ないと思っている私は、短気な私がぶちギレてしまう前に、このパッペシッイラッのループを終わらせることにした。

 アシュールの大きな手をベリッと引き剥がす。意外にも大人しくアシュールはされるがままだ。また目に戻って来られては困るので、アシュールの手をがっちり捕獲しながら、間近にある銀河を見る。


「何がしたいの?」

「…………」


 聞いてみたけど、よく考えると意味がなかった。そうだ、アシュール日本語話せなかったんだった。ちょいちょい忘れてしまう。

 加えて、絵を描いて貰おうにもアシュールの手は私の手の中。離すまじ、と捕獲してるんだった。

 これじゃあ埒が明かない、と手を離そうと思ったんだけど。

 困ったように眉尻を下げていたアシュールが、表情はそのままに、ただでさえ近かった顔をさらに近付けてきた。




 


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